視点を一段上げてみます。都条例改正案について。
行政からの表現規制というものの怖さについて。
以前の日記(
→11/19日記へ)で、改正案の支持母体・規制推進派の中に警察官僚が含まれていることに触れました。
この警察官僚の方についての詳細は、上記11/19日記のLINK先で読んでいただくとして。
その人物が個人的にどうこう、と言う前に、この、
警察関係者が都条例改正をプッシュしている、という事実そのものが、ものすごくイヤな感じを増大するんです。
改正案にあいまいな部分があることも、この日記(
→11/18日記へ)で触れました。
条例にあいまいな部分があるということは、その時々の規制担当者が条例の解釈を自由にできるということです。
条例についての解釈を拡大させれば、規制が強化されることになり、そのアミにかかる創作物も増えるでしょう。
『誰か』にとって都合の悪い内容を含む書物も、その自由な解釈でアミにかければ封殺可能です。
更に解釈を拡大させれば、警察は規制の為の審査機関を作りそこを天下りの場所にすることも可能です。
つまり、
簡単に国民の監視・統制ができるように世の中を作ることも可能、ということです。
「戦前じゃあるまいし、今の世の中にまさかそんな」と思う人もいるでしょうけれど、「絶対そんな世の中が来ない」、という保証はどこにあるでしょう。
時代のうねりは時に世の中を大きく動かし止まらなくなることがあります。
911事件後のアメリカが最近のいい例です。
911直後のアメリカの世論は『正義による復讐』思想に大きく傾いて、それを諌める意見をことごとく糾弾・封殺しました。
911は世界的にも大事件だっただけに注目度も大きく、分りやすい例でしたが、911並みの大事件だけが世の中の動きを決めるわけではありません。
緩やかに、でも明らかな方向性を持って世の中が動いて行く、動かされて行く方が、人々が気がつきにくいだけに怖い一面もあります。
権力を持つ人物・団体の思惑・計略が、世の中を動かす、ということ。
今回の都条例改正案は、決してそれ単独に天から降って湧いた規制ではない、ということ。
その前に一連の流れがある、何番目かの規制である、ということ。
『今回の都条例が規制しようとしているのは、マンガそのものではなくて、国民が自由に意見や創作、アイデアを発表する自由、つまり「表現の自由」そのものなのです。
国や都、具体的には警察庁がその中心になっているわけですが、彼ら規制推進派の最終目標はマンガやアニメを規制することではありません。
あくまでも国民の「表現の自由」そのものを少しずつ狭めていくことが、本当の狙いです。
そしてその目的は、これまでの風営法改正や盗聴法成立、通信事業者法改正といった“表現規制”法案の成立によって、少しずつ達成されてきました。
それが、今回はたまたま「マンガ」にスポットが当たったというだけです。』 (
→”被害者ヅラ”はやめましょう。このままでは必ず負けますーー「マンガ規制都条例」問題より抜粋。←ブログ記事です。ぜひご一読を!)
「子どもを守る為」「犯罪防止の為」「社会秩序を保つ為」。
世論が賛成しやすい、聞こえのいい看板を掲げて目くらましをして、国民の自由を少しずつ警察という国家権力が削って行っている、これが今の日本の現状です。
それに気がついている人が、どのくらいいますか。
私は今回の都条例改正案が話題に上がって来るまで気がつきませんでした。政治に今ほど関心がありませんでしたから。そんな報道も耳にしたことがありませんでしたから。…我ながら泣けて来ます。
ただ、『今の社会の流れが戦前と似ている』という不安の声は、ネットの所々で目にしていました。「ああ、こういうことだったのか」と、今頃分りました。
今の表現規制のアミの広がりは、戦前日本の治安維持法への、強いてはナチス・ドイツの『退廃芸術』弾圧を含む国家統制への流れに似ている、ということです。
まずマイナーなもの、アウトロー的なものから順に国家権力が規制して行く、という流れ。
『ナチ党が共産主義者を連行したとき、私は共産主義者でなかったから声を上げなかった。
ナチ党が社会主義者を拘禁したとき、私は社会主義者ではなかったから声を上げなかった。
ナチ党が労働組合員を連行したとき、私は労働組合員ではなかったから声を上げなかった。
ナチ党がユダヤ人を連行したとき、私はユダヤ人ではなかったから声を上げなかった。
ナチ党が私を連行した時には、抗議の声を上げる者は誰一人残っていなかった』 (
by マルティン・ニーメラー…ヒトラーに抗議し、収容所に送られたドイツの牧師。部分的に省略しているらしいドイツ語文から翻訳)
「子どもがエロ漫画を簡単に手に取れる現状が心配」という親心が上手に利用されている現状。
それだけに、規制推進派は声を上げやすく、反対派の声は上げにくく、「利用されてますよ」「世の中に悪影響がありますよ」という説明はしにくく、空転しがちです。
上のニーメラーの文章(元は詩)が大変に恐ろしい…。
今月の中旬には都条例改正案の可否が決定します。
今回は否決に持ち込むのがかなり難しい情勢、という風評です。
ですがその可否に関わらず、反対の声は上げ続けようと思っています。
フィギュアスケートで日本のメディア・マスコミに強く不審感を抱いた経験が、この気持ちに拍車をかけてますね。
もうこれ以上変な世の中に黙ったまま連れて行かれたくはない。 また長くなってしまいました。
最後に。
PTAに、草の根から都条例改正案への疑問点を上手に説明し続けている、頼もしいお母さんのブログ『空の森』
→11/27日記 &
→12/4日記 お母さんは草の根活動を今後も続けられるようです。励まされます。