Almaz Siberians Blog
ALMAZ SIBERIANS
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本物を見極めるあなたに。

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July  28 ,  2016
      ジャッジの資質。
中国のTICAに一生懸命、支援をしていると、かつて自分が毎月の様に渡米していたトレイニー時代を思い出す。時には月に2回行った。それを2年間続けて、私はジャッジに成った。その時のルールでは、訓練は確か40回にファイナル訓練が2回。海外での訓練は1度行けば良かったと思う。今よりも厳しいはずだ。費用が掛かりすぎると、私がジャッジに成った途端、直ぐにルールがシンプルに改正された。 
 
私は「真の国際ジャッジ」に成りたかった。同じ頃、人気の無い訓練生が日本で訓練を受けてもらえずに、渡米していた。簡易着物を着て、低い背で大きな猫も持ち上げる。アメリカ人はヒューヒュー声援を送っていると聞いた。私は疑問に感じた。キャットショーは確かにエンターテイメントの側面はあるが、見世物ではない。あくまでコンペティションのはずだ。何かが違う。と、感じたからだ。 
 
そこで私は訓練の半分を日本で受け、半分をアメリカとドイツで受けた。ファイナル訓練はアメリカである。インストラクターは、奇しくも現在のTICA会長のフェイト・メイ氏と、副会長のボビー・チューロー女史であった。このお二人にお願いした私は、我ながら人を見る目だけはあるなあ、と感心する。(笑) 
 
あらゆるジャッジから訓練を受けた私だが、フェイト・メイ氏からが最も多く訓練を受けた。それだけ尊敬しているジャッジだからだ。彼は2回もジャッジ・オブ・ザ・イヤーを授賞している。亡くなった私の大切な親ブリーダーのジュディからも、貴重な訓練と厳しいアドバイスを頂いた。一生の宝物である。エレン・クロケットも厳しかった。しかし、嬉しかった。ビッキーも、ボビーも、泣きたくなるくらいに厳しかった。いい加減なインストラクターは、逆に勉強になった。無駄な事など、何一つ無かったのだった。 
 
クラブへのアプローチ。ジャッジへのお願い。全ての段取りをして、アメリカの会場に着くと、「ハイ、ミミ!今日は何しに来たの?猫をだしに来たの?訓練しに来たの?」と、皆が声をかけてくれて、ブリードのレポートを書かせてくれた。分厚い英語だけのファイルの束を見た日本人は、まず、驚く。私がそんなにも勉強してジャッジになったとは、誰も知らないからだ。日本人はみな、知らない。アメリカ人は…多くが知っている。 
 
そして私は、直ぐに世界最大ショー、アニュアルに招待された。自分でも、ちょっとびっくりした。そして終了したその場で2年後のアニュアルのジャッジに招待されて帰って来た。また、それ以外のアメリカのショーにも複数回、招待された。 
 
孤独で厳しい、ヒリヒリするような試されているリングに入る。私の好きな瞬間。私は緊張しない。ゴルフのティーショットの様に、池のアヒルでも良い。ギャラリーがいる方が、燃える。何があっても、独り。誰も頼れない。ふつふつと、やる気が湧いてくる。たぶん、私にはジャッジが向いている。 
 
世界中に数えきれないくらいジャッジで行ってきて、そろそろ8年くらいになった。まだまだ新参者だが、間も無く3回目の世界最大ショーのジャッジに行く。やっと、まともなTICAの国際ジャッジに成れてきた様な気がしてきた。この、遠い極東の島国から、多額の経費をかけて私を単体で欲しいと呼んでくれるクラブに、ベストの力で応えたいと思ってやってきた。 
 
ルールさえこなせば、誰でもジャッジになれる。バックグラウンドを利用して近道を行く事を考える人もいる。私はそれをインスタントジャッジと呼んでいる。それは私と考え方が全く違うし、最初の一歩が違えば、先に行くほどに違いの角度は広がる。それが1年、2年となれば、取り返すことはできない。猫は生きているし、私達も生身の人間だからだ。ハンドリングというだけに、手の感触がなまる。 
 
いや、もとより、志が違いすぎるだけでなく、天性のセンス、というものがある。本人もそれが無いのが分かっているから、頭を使って近道を行こうとするのだろう。2年間、毎月渡米するなどという、非効率でハイリスクな道は歩まない。いや、ハナから馬鹿にしているだろう。私はジャッジになるのに、どんなに時間がかかっても良いと思っていた。私にとって一番重要なのは、「真の国際ジャッジに成ること」と、猫に対する好奇心と探究心を埋めることだったからだ。 
 
だからこそ、メインのサイベリアンでアジアベストキャット、アジアベストキツンを獲って、短毛はあらゆる面で全く違う特徴のサイアミーズを選んだ。アメリカでこれだ!と思った猫のラインを持った日本のブリーダーさんから頂き、その子をインターナショナルウイナーにしたのは、嬉しかった。今のようにショーが無かった時だったから、本当に大変だったからだ。それに、ショーの歴史も手入れも飼育も正反対で難しかった。 
 
私は常にジャッジに成るのに、焦らず然るべき実績を作り、近道をせず、一番遠くて厳しい道を選んで、それを楽しんで乗り越えてきたと思う。だからこそ、今の私がある。まあ、人には各々のやり方があるから、好きにやれば良いだろう。 
 
しかし、忘れてはいけない。 
「あなたは何者ですか?」 
「あなたは何を目指しているのですか?」 
「あなたが主張している事は真(まこと)ですか?」 
 
ゴールは、スタートで既に決まっているのである。 
 
志が、あなたを作る。 
 
真実の前に、まやかしは通じない。 
 
TICA Japanの将来を真剣に考えましょう。 
 
Mimi Tsuruoka  
 

ミミさん
だいぶご無沙汰しております
目の病気の回復はじめ海外での活躍が拝見でき安堵しております

仕事でサイペリアンと出会い、我が家に招き入れ12年が立ちました

一番やんちゃな小梅が先に旅立、そんなことも忘れさせてくれるほどの二匹が旅立ってしまいました

2015年12月26日、サンタの後を追いかけてひめが旅立ち、2016年8月23日一番甘えん坊のとのが旅立ち今頃は三匹で虹の橋で遊んでいる頃だと思います

この12年間我が家に楽しい思い出をたくさん残してくれました
ミミさんと出会い、
我が家にすばらしい時間を過ごすことができ感謝いたします
勝手ながら連絡をさせていただきました(以前の連絡先にも詳細を送ってしまいました・・・)

これからも活躍を応援しております
ありがとうございました。
FUjiko 


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