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 おめでとう、そして、ありがとう羽生選手  [返信] [引用]
おかしな応援団の出現など、もやもやがいっぱいだったオリンピックを、たった一人の青年がスポーツの祭典に引き戻してくれました。
しなやかな肢体、伸びやかな滑り。
そろばんからPCへの変換など急激な社会の変動とともに、日本人のなかに、このような青年が出現するなんて、昭和世代は歴史的な変革の目撃者かもしれませんね。

そして、この嬉しい日に編集長の古稀、おめでとうございます。

 
はる  ++.. 2018/02/17(土) 20:56 [21430]

 
一票の重みならぬ、一個の金メダルの貴重さ・・・

たった一つのこの金メダルは他の種目の競技者には申し訳ないほどの重みをもって日本に世界に、感動の嵐もたらせましたね

そして再確認の金と銀との違い、そう、一位でなければならない高みを知らしめてくれたこの善き日!

>この嬉しい日に編集長の古稀、おめでとうございます。

同一レベルに並べられるの憚られる単なる偶然ですが・・・
何かの節目にたまたま合致したラッキーと受け止めています、有難うございます!

編集長  ++.. 2018/02/17(土) 23:01 [21431] [引用]





 東椎屋の滝  [返信] [引用]
編集長に電話したら今、別府に向かっているところと言うから、まあ、相変わらず東奔西走しているなと思ったら、翌日に掲載された東椎屋の滝を見て納得。難所ケ滝にも劣らぬ見応えのある氷瀑です。
特に逆光の画像が素晴らしい!
高さ85メートルの滝って大峯にもそう無いです。(100mの滝が大峯では最高)
難所も東椎屋も見ごろに行けるとは、根子岳の滑落事故でも全然運は尽きておらんようですな。
別府方面からの由布岳の山容は初めて見ましたが、たしかにワイルドな感じで北アルプスの燒岳に雰囲気が似てますね。
しかし、真夏は貴船の川床料理で涼を楽しみ、真冬は張り詰めた冷気の中で氷の芸術をたのしむとは、本当に結構な人生を送っておられのことです。
私は今、闘病中の友人を見舞いに滋賀県長浜市に向かっているところです。



 
リワキーノ  ++.. 2018/02/15(木) 11:38 [21428]

 
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>本当に結構な人生を送っておられのことです。

この点については常日頃、池ポン先生からこういわれています。

「あんたの仲間は凄いなあ、クラスメイトにヨット仲間にラジコン仲間、まだまだあるやろ?大切にしなさい!」

加えていつものアレ、カ・キ・ク・ケ・コの 
”ケ"  健康管理ですね、今のところは順調ですがいつ何時!?

>まあ、相変わらず東奔西走しているなと思ったら・・・

これは仕方ありません、根魚ではない回遊魚の仲間で育ってますから 「その場滞留」 は不可能ですね?

編集長  ++.. 2018/02/15(木) 14:55 [21429] [引用]





 羨ましいです  [返信] [引用]
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yokoさん

お正月は温泉で過ごされたのですね。私もいつかはと
思っているのですが、とても無理と諦めているところです。

歌舞伎は私も大好きですが私が楽しんでいた時代はひと
昔前で、初代白鷗、八代目松本幸四郎の大フアンでした。そのころ現白鷗、九代目松本幸四郎は少年で、時代の変化に驚いています。
たびたび名優の至芸に接することができて今も思い出になっています。歌舞伎は日本の
誇る文化だと思います。

 
k.mitiko  ++.. 2018/02/10(土) 18:39 [21426]

 
k.mitikoさん  こんにちは。

mitikoさんもよい時代に歌舞伎をいろいろご覧になって
おられますよね。
父子三代の襲名に立ち会えたこと、嬉しく思っています。
襲名披露は感動します。

3月は国立劇場で、菊之助長男の和史くん初舞台です。
楽しみだわ〜

今回の襲名披露ですが、歌舞伎座正面入り口の左右に
役者さんのテーブルが出ていて、そこに役者さんの
奥さまが立っておられご贔屓さまにご挨拶をなさっている
光景・・・
向かって右側に白鷗夫人と幸四郎夫人が立っておられ
ご贔屓さんなのでしょう。ご挨拶しておられました。
左側には吉右衛門夫人が・・・
吉右衛門のところは男子がおらず、お嬢さん4人。
四女の方が菊之助に嫁ぎ、和史君が生まれました。
吉右衛門は、もうほんとにどうしようもなく和史くんが
可愛い!!よかったなぁと思いますが、吉右衛門夫人は
男の子が生まれなくてさぞお辛かったのだろうな、と
思いますと、いつも胸が痛みます。

男子しか継げないもの・・・
重いです。


お正月を温泉で!!
諦めないで!!
早めに旅館の予約をして、高速バスなど通っている
温泉地ですと、往復もとても楽ですよ。
温泉ではありませんが、唐津の水野旅館のお正月も
よかったです。近いですしね。

Yoko  ++.. 2018/02/11(日) 16:25 [21427] [引用]





 千載一遇!  [返信] [引用]
凄い眺めでしたね。
福岡の郊外にワイドなつらら状になった滝が出現するとは!
こんな場面が撮れるのは、アンテナ張ってる番組クルーか、常にラッキーな編集長ぐらいだろうと納得しました。
寒い冬がくれたプレゼント、私たちも楽しませてもらいました。

 
TH  ++.. 2018/02/09(金) 11:22 [21424]

 
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今日の難所ケ滝は晴れ、気温6度ほど、氷瀑も溶けつつあってあんな姿ではないでしょうね?

偶然が重なって出来た天然界からの贈り物!?
あの山事故でラッキー使い果たしたと思っていましたが、未だ少々残っているようでアリガタヤ!?

天神さんの飛梅ももうやがて、此れから先また被写体求めて放蕩する積りであります。

「T.H.さんのレポートは凄かなあ」 池ポン先生楽しみにしてありましたよ! 

編集長  ++.. 2018/02/09(金) 13:24 [21425] [引用]





 謎が秘められた場所ですね  [返信] [引用]
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「伊都国レポート」によりますと、狭い地域に謎めいた
神社が数多くありますね。祭神も女神が多く、沖ノ島の
宗像三女神とともに、何かいわれがあるのでしょうか。

>末慮国が4000戸、奴国が20000戸で女王有すこちら伊都国が何で僅か1000戸? これも謎めいていますね。

国内最大の銅鏡が出土した平原遺跡は私が行って見たかった場所です。弟が紹介した原田大六氏が大活躍した
遺跡で、当時話題になった場所で、私も夢見た遺跡です。糸島地方はこれからも話題を提供してくれる所
ではないでしょうか。考古学の新発見にはいつも胸が
ときめきます。




 
k.mitiko  ++.. 2018/02/04(日) 13:01 [21422]

 
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今朝方、私の伊都国レポート見た方から連絡あって、伊都国の歴史まとめている役所のスタッフを紹介しますとの事。

もしかしたら、安曇氏から始まった ”君が代伝説” が思いもかけぬ展開になりそうな雲行き・・・

正に 「意あるところに道は開ける」 の具現化かもしれないと喜んでいるところです。

編集長  ++.. 2018/02/04(日) 14:27 [21423] [引用]





 私も感動しました  [返信] [引用]
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30年近く前に、デパートで伊都国遺跡出土の銅鏡の展覧会で国内最大といわれた銅鏡を見ましたときから、平原遺跡をはじめ井原、三雲南遺跡に関心を持ち続けていましたが、現場に行く機会がなく、今回の編集長さんの「感動の伊都国散策」のレポートを拝見しまして、長年の胸のつかえがとれました。

邪馬台国論争のたびにやきもきしていますが、人手も
金もかけて大掛かりな発掘をしている大和説にたちうち
できる遺跡が九州にもあることに誇りを感じます。

時の流れにも消されない文献の解読や遺跡の発掘に
期待するところ大です。

 
k.mitiko  ++.. 2018/02/02(金) 09:55 [21416]

 
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”伊都国の全容” 聞きかじるに連れ高まる興奮・・・

魏志倭人伝に登場の倭国のクニの数々、全く持って上から目線の中華思想に基づく魏消滅後の歴史書に信頼置きすぎる日本の姿勢ですね?

中には、邪馬台国じゃない「邪馬壹国」は朝鮮半島に在ったんだよなる説も登場、研究者にとっては論文・書籍売り上げで潤う構図、これもアリなんですね?

ただ私が不思議に思う事は、「古事記」「日本書紀」にそれらしき部分あれど、ほぼ記述は無いという現実、国書も怪しいとなれば一体全体!?

明日は糸島は船越の”苔牟須売神”祀る若宮神社・旧桜谷神社詣で行く積りです。

p.s. 僧伽小野の近くなんですね

編集長  ++.. 2018/02/02(金) 10:45 [21417] [引用]

 
「感動の伊都国散策」、大変興味深く拝見しました。

この中で印象深かった人物、原田大六氏のことをウィキペディアで調べたらかなりユニークな人物ですね。

「その強烈な個性と攻撃的な論調から、ケンカ大六の異名を持っていた。特にアカデミズムに対する批判精神は凄まじく、著書では各地の大学教授を名指しで批判することをためらわず、著書『万葉革命』の序文では「真理を愛する若い全国の学生諸君に訴える。骸骨がネクタイを締め、背広を着て、教壇に立ち、骸骨万葉学の講義を行い、学生諸君を骸骨化しようとしている。」と述べている。

自宅の表札の下には「面会謝絶」と書いた札を掲げ、電話は「うるさくて集中できない」という理由で家に置くことを許さなかった。テレビにいたっては、毎年年末になると電気屋がアンテナの修理に来て、正月にドラマをいくつか見た後は再びアンテナを破壊する徹底振りであった。」

興味を感じて著作をアマゾンで調べたら下記のものがありました。
いつか読んでみようと思ってます。

『実在した神話―発掘された「平原弥生古墳」』

『卑弥呼の墓』

『日本国家の起原 上・下』

『邪馬台国論争』

『磐井の叛乱―新稿』



リワキーノ  ++.. 2018/02/03(土) 21:58 [21420] [引用]

 
>いつか読んでみようと思ってます。

良い情報ありがとう、早速『日本国家の起原 上・下』Amazonにオーダーしました。

昨日はコッツとWagi引き連れて伊都国へ、、、次第に郷土史に引きこまれてゆく様見ていて面白かったよ!

その様子は「伊都国第二弾レポ」でご覧あれ!

編集長  ++.. 2018/02/04(日) 10:31 [21421] [引用]





 志賀海神社  [返信] [引用]
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昨年10月にCapt.Senohに案内してもらったとき、志賀島にこんな古式騒然としたたたずまいの神社があることに驚いたものですが、小春ページ1月30日号の添付画像と下記の記述には大変驚かされました。

志賀海神社の祭礼たる山誉め祭での神楽歌
「あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸に命<いのち> 千歳<せんざい>という
花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで
今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ
いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな」

Capt.Senoh曰く、
「ここでの君は安曇の君でしょう当然、、、奴国当時博多湾一帯には千代の松原が拡がっていて(今の千代町辺り)、伊都国には『さざれ石』祀る細石神社が、その南には井原山&井原遺跡(いわら⇒いわお)、加えて驚きの『コケムスメ』祀る桜谷神社の存在」

このCapt.Senohの記述を判りやすく説明したのが下記のページ。
「君が代の源流」
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jwagakim/jwagaki1.html

 
リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 15:38 [21411]

 
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驚いたのが「さざれいし」を変換すると細石となるのですね。恥ずかしながら初めて知りました。

井原(いわら)から「いわお」と解釈するのはちょっと苦しいのではと思ったのですが、ウィキペディアに
江戸時代には「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」の「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指すと解釈されたそうですから、「いわら」から「いわお」と解釈するのもあながち、こじつけとは言えないかも知れないです。

(添付画像は志賀海神社)

リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:16 [21412] [引用]

 
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安曇族についてはウィキペディアに下記の記述があります。

「安曇族が移住した地とされる場所は、阿曇・安曇・厚見・厚海・渥美・阿積・泉・熱海・飽海などの地名として残されており、安曇が語源とされる地名は九州から瀬戸内海を経由し近畿に達し、更に三河国の渥美郡(渥美半島、古名は飽海郡)や飽海川(あくみがわ、豊川の古名)、伊豆半島の熱海、最北端となる飽海郡(あくみぐん)は出羽国北部(山形県)に達する。この他に「志賀」や「滋賀」を志賀島由来の地名として、安曇族との関連を指摘する説がある」

琵琶湖の湖西にそそぐ安曇川もこの安曇族に由来する名称のようです。
(安曇川はあづみがわではなく、あどがわと読まれた由来は不明)
しかも滋賀は志賀島の志賀とも詠まれたことは源平時代の昔、平家都落ちのときに平忠度が詠んだ下記の歌でも判ります。

「さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」
志賀島との関連性が強く感じられないでしょうか。

添付画像は志賀海神社境内の、1万本の鹿の角が奉納されている鹿角堂(ろっかくどう)です。

リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:39 [21413] [引用]

 
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今日、午前中の仕事を終えて昼ごろに京阪京橋駅のプラットフォームで電車を待っているとき、Capt.Senohから電話をもらいました。
昼飯を食べたらこれから糸島へ行ってくる、とのこと。

桜谷神社、細石神社でもっと詳しい安曇族、ひいては博多湾沿いに存在した古代倭国の様子を調べたい欲求に駆られたようです。

とにかく飽くなき好奇心、探究心に溢れる性癖と、故郷福岡の素晴らしさを世にアピールしたいとう熱意がCapt.Senohの活力と健康を維持しているように思いました。

(添付画像は志賀島展望台からの眺め)


リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:51 [21414] [引用]

 
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面白いのは地元の歴史、ジム帰りにちょこっと脚延ばして伊都国へ・・・・・

志賀海神社の神楽歌にある ”さざれ石”の細石神社に寄るべく、これまた天孫降臨に繋がる日向(ひなた)峠越で行ってきました。

まあ驚くばかりの歴史的遺跡群、、、ちょこっとでは足りそうもないので再訪約して来ましたが

こちらの風景前にすると、邪馬台国(これは間違って書き写された)、正式には「邪馬壹国」論争なんて小さい・小さい!?

レポート準備しようか思っています。

編集長  ++.. 2018/02/01(木) 16:53 [21415] [引用]

 
福岡は各所に史跡や神社などがあって身近に歴史を
感じられますね。
古代から住みやすい土地である証ですね。
今年は全国的に大雪で北海道や東北で雪下ろしに苦労している人々をテレビで拝見すると、そのご苦労が偲ばれるとともに
「戸建の独居老人には、とても雪下ろしはできないなあ。」
と、わが身を振り返って実感します。

その恵まれた土地を捨てて全国に散らばって行き、多分、既に居たであろう土着の氏族と争って名前を残していった安曇氏には興味をそそられますね。



はる  ++.. 2018/02/03(土) 11:29 [21418] [引用]

 
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>福岡は各所に史跡や神社などがあって身近に歴史を感じられますね。

海外もオモロイけど、確かに地元に歴史遺産ザクザクを理解しない手はありませんね。

今日もまた、寒空ものともせずに伊都国散策Part2やってきましたが、、、

たまたま訪れた平原古墳で偶然にも1965年、国宝級お宝掘り当てた井手信英さんのご子息の昔話を聞く機会がありました。

真ん中のこの方がそう、井手まさゆきさん
神話の世界から、天孫降臨、はたまた縄文・弥生に話は弾む弾む、、、後ほどレポート少々致しましょう。

編集長  ++.. 2018/02/03(土) 17:54 [21419] [引用]





 T.H.さんの琵琶湖周辺の旅  [返信] [引用]
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金沢城訪問記を見たときもT.H.さんの精緻な観察力と描写に感心したものですが、安土城でも遺憾なく発揮されていますね。
丁寧でありながら要領よくまとめてあり、記述を見ていても冗長感がなく、ときおり漏らすT.H.さんのコメントも相まって城のホームページやウィキペディアの記述よりはるかに面白く読ませてくれます。

「石積みの階段は急で段差が大きく、当時の武者や足軽の足腰には到底かないません。よく見ると石仏なども石材に混じっており複雑な気持ちにもさせらました」の記述など、如何にも安土城の堅牢さと、比叡山を焼き討ちするなど神仏を恐れぬ徹底した合理主義者であった信長を面目躍如とさせる表現です。

私が安土城を訪れたのは家内と結婚したころの45年前ですが、当時は信長の館はおろか、資料館も無く、城も石段にペンペン草が生えて放ったらかしのような有様で、いかにも荒城という感じでして、T.H.さんのレポートを見てあまりの変わりように驚きました。

イエズス会宣教師が描いた信長の肖像画も初めて見るものでした。
信長に会った人の、しかも写実的な絵ですからほぼ実像に近い肖像画と思われます。
昨年のNHK大河ドラマ「女城主」に出てきた信長役の市川海老蔵に似ていますね。

 
リワキーノ  ++.. 2018/01/26(金) 11:02 [21407]

 
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五個荘にも行かれたのには驚きました。
近江商人というと近江八幡市を皆さん連想しますが、ルーツは五個荘であることをT.H.さんはご存じで訪ねて行くと言うところが凄いです。
五個荘は今は家内の郷里、東近江市(旧八日市市)に編入されておりますが、家内にT.H.さんが五個荘に行かれたことを話したら驚いてました。
蒲生郡五個荘町はあのあたりでは金持ち村として有名だったそうです。

ちなみに近江鉄道五個荘駅は八日市から二つ目の駅ですが五つ目の駅、尼子駅は私の祖先、尼子氏発祥の地なのです。
尼子氏が近江源氏で滋賀県の尼子という所に住んでいたため、尼子氏を名乗ったということは知ってましたが、結婚して家内の実家の近く(12キロ)であることを知ったときは遠い因縁で繋がっているのだろうかと思いました。

八日市駅から近江八幡方面、彦根方面、貴生川方面の路線が出ています。
(画像は八日市駅)

リワキーノ  ++.. 2018/01/26(金) 11:06 [21408] [引用]

 
リワキーノ様

レポートをお読みくださって有難うございました。
2年も在庫してお恥ずかしいのですが、過分なお褒めに預かり恐縮です。

ここ2年ほど琵琶湖周辺を訪ねる旅行をし、その時、友人知人が勧めてくれた所がいくつか
ありましたが、今回のレポートの安土や五個荘、そして2016年の坂本もそうでした。
どれも皆行ってみて驚くばかりでした!知らずにいただけなんですね。

安土城は、昔は場所さえまだ確定できていないぐらいに思っていましたので、
あのような復元がなされているのを見て、発掘や整備が進んでいるのにびっくりした次第です。
それにしてもリワキーノさんは、45年前にちゃんと、あそこに行かれていたのですね!
ひょっとして頂上まで登られましたか?

今回信長の肖像も、あまりのリアルさに、本人が遠い歴史の彼方から、目の前に現れたかと
しばらくはショックでした。

五個荘はこの旅行で、最も強く印象に残りました。水田地帯の中にあのような格式ある屋敷群が
建っているというのはきっと他では見られない光景なのでしょう。
倉敷や近江八幡も大変好きですが、五個荘は凄いというか何というか・・・。

以前足立美術館のレポートを投稿しました折、その近くに月山富田城跡があり、尼子氏が
リワキーノさんのご先祖であることをお聞きしたのでしたが、その発祥の地は近江で、それも
奥様のご実家とも同じ沿線だったというのも不思議なご縁ですね。

旅の中で、また終わってからも、思わぬ知識が増えるのは、尽きない楽しみです。

TH  ++.. 2018/01/27(土) 10:39 [21409] [引用]

 
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> それにしてもリワキーノさんは、45年前にちゃんと、あそこに行かれていたのですね!
> ひょっとして頂上まで登られましたか?

いいえ、登っておりません。
と言うより、その記憶が無いのですが、ペンペン草の生えた石段しか覚えていないので多分登っていないはずです。

> 今回信長の肖像も、あまりのリアルさに、本人が遠い歴史の彼方から、目の前に現れたかと
> しばらくはショックでした。

私は、温厚そうな雰囲気を醸し出しているところが信長の実際のイメージとは少し違うのではと思いましたが、風貌の輪郭はこのとおりだったのではと思ってます。
添付画像は「女城主」に出演した市川海老蔵の信長像です。


リワキーノ  ++.. 2018/01/28(日) 23:32 [21410] [引用]





 ダビンチの「最後の晩餐」?  [返信] [引用]
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もう一度あの映像の美しさを鑑賞したく、家内と再び、映画「オリエント急行殺人事件」を見に行きました。

名探偵ポアロがトンネル内に避難した乗客相手に最終的に殺人犯人を名指しするシーンですが、この添付映像が現れたとき、ダビンチの「最後の晩餐」を連想しました。

 
リワキーノ  ++.. 2018/01/25(木) 18:18 [21403]

 
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オリエント急行とは関連ありませんが・・・

出た〜! Santa Maria delle Grazie ですね、、、「最後の晩餐壁画」、想像するよりはるかに大きな迫り来るダヴィンチの傑作!

これ見たさに出掛ける事三度、、、

最初の訪問はWindows98以前、バブル華やかりし頃ヨット仲間とのミラノ詣で、科学博物館でダヴィンチ作品堪能して後
たまたま立ち寄ったSanta Maria delle Grazie、並ぶ事無くスイーッと入室、絵画は元の教会食堂壁面、無論お初鑑賞! 凄っい!!!

2度目は2012年5月、再会果たそうとやって来たが、、、おやっ? 何だか雰囲気が違うのだ
「この窓口で今申し込んだら1週間後のチケット差し上げますよ」 アチャー、そうか以前とは違う世界中のツーリスト押し掛け現象!?

帰ろうとしたら窓口から「C'e ' marito」「何ね?」「Ci sono due biglietti」 「買う・買う」
何と4人分のチケット所有者が10分後の入場券を2枚払い戻ししたいとの事

これには吃驚、超ラッキーで即入室、、、写真見たらお判りでしょ?

でもって3度目2013年11月、ドクター夫妻のエスコートでミラノ下車
事前予想通り、教会HPでの事前予約は不可、、、しゃあないが高い最後の晩餐見物付きミラノ市内ツアー券購入、Santa Maria delle Grazieの他は捨てた顛末

予期せぬ ”最後の晩餐” 思い出すきっかけのリワキーノ・コメント、、、 ”グラッツエ!”

編集長  ++.. 2018/01/25(木) 19:16 [21404] [引用]

 
> 出た〜! Santa Maria delle Grazie ですね、、、

そうです。

> 予期せぬ ”最後の晩餐” 思い出すきっかけのリワキーノ・コメント、、、 ”グラッツエ!”

これ見たさに出掛ける事三度、の思い出すきっかけになってくれたとは嬉しいです。

> 帰ろうとしたら窓口から「C'e ' marito」「何ね?」「Ci sono due biglietti」 「買う・買う」
> 何と4人分のチケット所有者が10分後の入場券を2枚払い戻ししたいとの事
>
> これには吃驚、超ラッキーで即入室、、、写真見たらお判りでしょ?

Capt.Senohの超ラッキーは毎度だからそう珍しくもないですな。
一緒の女性は京の某数珠屋のマドンナ?


リワキーノ  ++.. 2018/01/25(木) 20:25 [21405] [引用]

 
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>一緒の女性は京の某数珠屋のマドンナ?

そうです、創業500年になんなんとする京の老舗のお嬢さん。。。

>超ラッキーは毎度だからそう珍しくもないですな

そろそろ使い果たしたのでしょうか!? 充填すべく色々目先変えて、、、でも、なかなか上手くは行きません

編集長  ++.. 2018/01/25(木) 21:06 [21406] [引用]





 午前6時半からの調律  [返信] [引用]
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某一流ホテルから朝の6時半から8時までに調律を完了との調律依頼が来ました。
半世紀ほど前に「高校三年生」の歌で売り出した歌手のディナーショーとのこと。
夕方の行事に何故、早朝の制約があるのかは不明。

引き受けたのはいいもの、今朝の大阪の気温は零下に近い温度に強い北風。
午前5時42分発の始発のバスを待つバス亭での5分間は耐え難い寒さでした。

自宅でちゃんとトイレを済ましたのに、あまりの寒さにホテルに着く頃にはお腹の調子が悪くなり、トイレに直行。

 
リワキーノ  ++.. 2018/01/24(水) 23:33 [21401]

 
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調律を終えてホテルの外に出たら大阪城が朝日を浴びて光ってました。
リワキーノ  ++.. 2018/01/24(水) 23:34 [21402] [引用]



 


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