the world is not enough


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今週の展覧会  ..t      返信
 
  ゴードン・マッタ=クラーク展メモ

・「新鮮さ」は、何によって喚起されるか。ひと鉈入れたときに現れる新しい様相それ自体とは、必ずしも一致しない。例えば、オフィス・バロックに比べて円錐の交差には新鮮さがない。文脈なのか、精度なのか。
・オフィス・バロックでのモノローグの内容は極めて建築的なものであり、彼の創作における作法そのものは建築家のそれであることが明らか。
・ビルディングカットについて言えば、「穴」は概念でしかないので、彼が作り出したものは物理的な造形というよりも概念である、ということが可能である。

・anarchitectureの一連の作品は、マッタ=クラークが新聞の記事から取った写真で構成されていること。ファウンドフォト的な。

・会場構成に用いられたフェンス、単管、デッキプレート、といったものは、とても安易な都市/建築的・仮設的・スラム的な記号であるので、僕なら使用を躊躇するところではあるが、かといって代替がすぐ思いつくものでもなく。また、それらを用いて会場のニュアンスを多少明るくポップ寄りにしてあるのは共感するところ。マッタ=クラークの思想を反映することは返って偽物感を出してしまうので。
・会場に壁を立てることはできなかったはずで(さもなければそれは「穴を開けられなかった壁」になってしまうから)、にも関わらず多くの作品は額装済みのものであり、であるならば既存外周壁に展示する他なく、次に中央のスペースをいかに埋めていくか、という作業手順となるのは順当な流れ。
・いまや都市の方がホワイトキューブよりも不自由なのはその通りで、そのねじれの中で、作品が現存していないこと・ホワイトキューブ(とそれに代表されるジェントリフィケートされた建築と都市一般)に息苦しさを感じていたことをホワイトキューブに持ち込むことの困難さ。
..2018/08/12(日) 00:47  No.3671





近代美術館のリニューアル・メモ/再掲  ..t      返信
 
  リノベーションという規模では到底なくて、せいぜい配置替えと機能補完という程度のリニューアルというプロジェクトにおいては、プログラムの変更もなし、コンバージョンもなし。考えられることは、60年代に建てられた建物の今日的運用について、できる限りの立て直しと延命措置なのかもしれない。

おそらく国内の多くのミッドセンチュリーに建てられた公共建築が、老朽化から取り壊されるか耐震補強して生まれ変わるかするなかで、(建築家が提案したがるところにおいての)プログラムを変えないで、運用の仕方を柔軟に変えていく仕方の事例も多分にあるはず。

新築の時にはトータルなヴィジュアルコントロールを徹底することである種の全体性をつくりだすことができるわけだけれども、後乗りでそれをするにはかなり引いた視線で、つまり批判的操作で対処するのが、まあ一般的な気がする。曰く、新しいものと古いものが共存するだの、どちらが地で図か分からなくするだの、と。しかしそれにはある程度の改変の規模が必要で、表現として成立するだけの変化の量が必要になってくる。圧倒的に改変量がすくないことが何か意味のあることになりうるとしたら、それは、改変部分が引き伸ばされることによって、何かとてもニュートラルなことが起こることにあるような気がする。
..2012/01/15(日) 02:16 No.3208

..2017/09/23(土) 18:06  No.3670





nishizawa@tezzonishizawa.com  ..t      返信
 
  レイアウトは戦略である
..2017/09/23(土) 17:54  No.3669





hitlers bunker  ..t      返信
 
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..2016/06/20(月) 16:15  No.3667
Re:hitlers bunker  ..t     
 
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付近質なグリッド
..2016/06/20(月) 16:29  No.3668





dictator  ..t      返信
 
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..2016/06/20(月) 16:04  No.3666





HITLER DEAD  ..t      返信
 
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号外
..2016/06/20(月) 15:45  No.3664
Re:HITLER DEAD  ..t     
 
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リアルさ
..2016/06/20(月) 15:48  No.3665





タイの学校朝礼  ..t      返信
 
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..2016/06/17(金) 19:51  No.3663





意外な返事 1933年  ..t      返信
 
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「・・・ドアは失っていたその意味を回復した」
..2016/06/14(火) 04:12  No.3662





選択的親和性  ..t      返信
 
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「・・・私は鳥籠のある部屋で、眼を覚ましました。その中の鳥は眠っていたのです。私はその鳥がいなくなって、かわりにタマゴが入っていると錯覚してしまいました。おかげで私は、新しい、驚くべき詩的な秘密を手に入れたというわけです。なぜなら、そのとき私が経験したショックは、互いに関係のないオブジェどうしの出会いによってひきおこされたものだったからです。」

「私たちは籠のなかに鳥がいるのは当然だと思っていますが、その鳥が、魚とか靴とかといれかわれば、もっとおもしろくなります。でも、仮にこうしたイメージが奇妙だとしても、それらは残念ながら偶然によりかかった恣意的なものです。これしかない、といったものによって検証に耐える、そんなイメージを獲得することも可能です。それこそが籠のなかのタマゴなのです。」

視覚の裏側展カタログp.17-18
..2016/06/14(火) 02:51  No.3661





弔辞  ..t      返信
 
  神宮前日記

For Zaha Hadid.

Architecture has been assassinated.
Upon hearing the tragic news about Zaha Hadid, I became angry.
When she appeared in the world of architecture thirty years ago, I thought of her as the savior who would revive architecture from its moribund condition.

As an architect, she was fated to bear two handicaps – her culture and her gender – but she turned these into a launching pad for the creation of an image of diffused tension. Instead of the tricolor banner depicted by Delacroix, she raised the flag of architecture and guided us like the figure of a Muse. I cannot believe that figure has vanished. It seemed that her career had just begun. If we assume her creation of design imagery to be an innate talent, the next task is its architectural realization, which has been unexpectedly suspended despite having just begun.

The figure of architecture that she embodied as latent potential has vanished. It is an immeasurable loss.

There had been a plan to realize, several years from now, a glimpse of this imagery on an island nation in the Far East. However, the government of this country, as if preparing for a new war, used the imagery of Zaha Hadid as a trump card to attract people to the Olympic Games, but failed to control the project and discarded it due to a skillful manipulation of the xenophobia of public opinion. Zaha herself, caught up in this opportunistic drama, never compromised her integrity as a professional architect. But her level of anxiety is unimaginable.

It was an assassination of Architecture.
Once again, I become angry.

Arata Isozaki

*********

ザハ・ハディドへ

〈建築〉が暗殺された。
ザハ・ハディドの悲報を聞いて、私は憤っている。
30年昔、世界の建築界に彼女が登場したとき、瀕死状態にある建築を蘇生させる救い主があらわれたように思った。

彼女は建築家にとってはハンディキャップになる2つの宿命―異文化と女性―を背負っていたのに、それを逆に跳躍台として、張力の漲るイメージを創りだした。ドラクロワの描いた3色旗にかわり、〈建築〉の旗をもかかげて先導するミューズのような姿であった。その姿が消えた、とは信じられない。彼女のキャリアは始まったばかりだったではないか。デザインのイメージの創出が天賦の才能であったとするならば、その建築的実現が次の仕事であり、それがいま始まったばかりなのに、不意の中断が訪れた。

彼女の内部にひそむ可能性として体現されていた〈建築〉の姿が消えたのだ。はかり知れない損失である。

そのイメージの片鱗が、あと数年で極東の島国に実現する予定であった。ところがあらたに戦争を準備しているこの国の政府は、ザハ・ハディドのイメージを五輪誘致の切り札に利用しながら、プロジェクトの制御に失敗し、巧妙に操作された世論の排外主義を頼んで廃案にしてしまった。その迷走劇に巻き込まれたザハ本人はプロフェッショナルな建築家として、一貫した姿勢を崩さなかった。だがその心労の程ははかりはかり知れない。

〈建築〉が暗殺されたのだ。
あらためて、私は憤っている。

磯崎 新
..2016/04/07(木) 03:01  No.3660








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