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 志賀海神社 
昨年10月にCapt.Senohに案内してもらったとき、志賀島にこんな古式騒然としたたたずまいの神社があることに驚いたものですが、小春ページ1月30日号の添付画像と下記の記述には大変驚かされました。

志賀海神社の祭礼たる山誉め祭での神楽歌
「あれはや あれこそは 我君のみふねかや うつろうがせ身骸に命<いのち> 千歳<せんざい>という
花こそ 咲いたる 沖の御津<おんづ>の汐早にはえたらむ釣尾<つるお>にくわざらむ 鯛は沖のむれんだいほや
志賀の浜 長きを見れば 幾世経らなむ 香椎路に向いたるあの吹上の浜 千代に八千代まで
今宵夜半につき給う 御船こそ たが御船ありけるよ あれはや あれこそは 阿曇の君のめし給う 御船になりけるよ
いるかよ いるか 汐早のいるか 磯良<いそら>が崎に 鯛釣るおきな」

Capt.Senoh曰く、
「ここでの君は安曇の君でしょう当然、、、奴国当時博多湾一帯には千代の松原が拡がっていて(今の千代町辺り)、伊都国には『さざれ石』祀る細石神社が、その南には井原山&井原遺跡(いわら⇒いわお)、加えて驚きの『コケムスメ』祀る桜谷神社の存在」

このCapt.Senohの記述を判りやすく説明したのが下記のページ。
「君が代の源流」
http://www.furutasigaku.jp/jfuruta/jwagakim/jwagaki1.html

 
リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 15:38 [21411]

 
驚いたのが「さざれいし」を変換すると細石となるのですね。恥ずかしながら初めて知りました。

井原(いわら)から「いわお」と解釈するのはちょっと苦しいのではと思ったのですが、ウィキペディアに
江戸時代には「君が代は千代にやちよにさゞれ石の岩ほと成りて苔のむすまで」の「岩」が男性器、「ほと」が女性器を、「成りて」が性交を指すと解釈されたそうですから、「いわら」から「いわお」と解釈するのもあながち、こじつけとは言えないかも知れないです。

(添付画像は志賀海神社)

リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:16 [21412]

 
安曇族についてはウィキペディアに下記の記述があります。

「安曇族が移住した地とされる場所は、阿曇・安曇・厚見・厚海・渥美・阿積・泉・熱海・飽海などの地名として残されており、安曇が語源とされる地名は九州から瀬戸内海を経由し近畿に達し、更に三河国の渥美郡(渥美半島、古名は飽海郡)や飽海川(あくみがわ、豊川の古名)、伊豆半島の熱海、最北端となる飽海郡(あくみぐん)は出羽国北部(山形県)に達する。この他に「志賀」や「滋賀」を志賀島由来の地名として、安曇族との関連を指摘する説がある」

琵琶湖の湖西にそそぐ安曇川もこの安曇族に由来する名称のようです。
(安曇川はあづみがわではなく、あどがわと読まれた由来は不明)
しかも滋賀は志賀島の志賀とも詠まれたことは源平時代の昔、平家都落ちのときに平忠度が詠んだ下記の歌でも判ります。

「さざなみや 志賀の都は 荒れにしを 昔ながらの 山桜かな」
志賀島との関連性が強く感じられないでしょうか。

添付画像は志賀海神社境内の、1万本の鹿の角が奉納されている鹿角堂(ろっかくどう)です。

リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:39 [21413]

 
今日、午前中の仕事を終えて昼ごろに京阪京橋駅のプラットフォームで電車を待っているとき、Capt.Senohから電話をもらいました。
昼飯を食べたらこれから糸島へ行ってくる、とのこと。

桜谷神社、細石神社でもっと詳しい安曇族、ひいては博多湾沿いに存在した古代倭国の様子を調べたい欲求に駆られたようです。

とにかく飽くなき好奇心、探究心に溢れる性癖と、故郷福岡の素晴らしさを世にアピールしたいとう熱意がCapt.Senohの活力と健康を維持しているように思いました。

(添付画像は志賀島展望台からの眺め)


リワキーノ  ++.. 2018/02/01(木) 16:51 [21414]

 
面白いのは地元の歴史、ジム帰りにちょこっと脚延ばして伊都国へ・・・・・

志賀海神社の神楽歌にある ”さざれ石”の細石神社に寄るべく、これまた天孫降臨に繋がる日向(ひなた)峠越で行ってきました。

まあ驚くばかりの歴史的遺跡群、、、ちょこっとでは足りそうもないので再訪約して来ましたが

こちらの風景前にすると、邪馬台国(これは間違って書き写された)、正式には「邪馬壹国」論争なんて小さい・小さい!?

レポート準備しようか思っています。

編集長  ++.. 2018/02/01(木) 16:53 [21415]

 
福岡は各所に史跡や神社などがあって身近に歴史を
感じられますね。
古代から住みやすい土地である証ですね。
今年は全国的に大雪で北海道や東北で雪下ろしに苦労している人々をテレビで拝見すると、そのご苦労が偲ばれるとともに
「戸建の独居老人には、とても雪下ろしはできないなあ。」
と、わが身を振り返って実感します。

その恵まれた土地を捨てて全国に散らばって行き、多分、既に居たであろう土着の氏族と争って名前を残していった安曇氏には興味をそそられますね。



はる  ++.. 2018/02/03(土) 11:29 [21418]

 
>福岡は各所に史跡や神社などがあって身近に歴史を感じられますね。

海外もオモロイけど、確かに地元に歴史遺産ザクザクを理解しない手はありませんね。

今日もまた、寒空ものともせずに伊都国散策Part2やってきましたが、、、

たまたま訪れた平原古墳で偶然にも1965年、国宝級お宝掘り当てた井手信英さんのご子息の昔話を聞く機会がありました。

真ん中のこの方がそう、井手まさゆきさん
神話の世界から、天孫降臨、はたまた縄文・弥生に話は弾む弾む、、、後ほどレポート少々致しましょう。

編集長  ++.. 2018/02/03(土) 17:54 [21419]



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