the world is not enough


Name:
Mail:
URL:
Title:
Message:
File:
...PaintTool
Linecolor:
Fontcolor:
Cookie Preview    Key 
 




批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎  ..t      返信
 
  フランプトンは批判的地域主義の戦略を思索しながら、テクトニクスの概念と連動させる★八。大衆的な商業建築に学ぶポピュリズムが情報戦であり、伝達手段として記号を扇動的に使うのに対し、批判的地域主義は地勢や独特なテクトニクスから着想を得るという。テクトニックは地形、あるいは土着的な素材や構造形式と不可分だからだ。彼はテクトニクスが「ロバート・ヴェンチューリの装飾された小屋が世界的な勝利を収めようとしていることへの反抗」だと表明している★九。いずれも近代建築の推進した「空間」信仰への異議申し立てという点では共通するが、両者の立場は建築の本質を何とするかをめぐって対立している。フランプトンの経歴を察すれば、アカデミズム一辺倒ではなく、三〇代の前半に建築の実務を行なったことが、視覚的な記号や様式への懐疑を強めたと思われる。つまり、彼は建築の自律性が主にテクトニクスにあると考え、「ファサードによる表象ではなく、詩的なものの構造における現前」を重視する。そこから彼は視覚優位の建築を批判しつつ、触覚の復権を計るのだ。
http://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/923/

しかし今、テクトニクスの地域性などあるのだろうか
..2013/12/16(月) 19:40  No.3507
Re:批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎  ..t     
 
  古代のウィトルウィウスは、天候の地域差で人間が異なるように、建物の配置も変えるべきとし、「北天の下では、ヴォールト式の、特に四方囲まれた、開放的ではないが暖かい方へ向いた室が造られるのが適当であると思われる。これに反し、強烈な太陽を受ける南の方角の下では、暑さの重圧を受けるから、なるべく開放的で、北と東北に向いた室が造らるべきである」と語った★三。が、この地域性は規範となるローマの古典主義からの偏差であり、標準から劣ったものを含意する。ローマ帝国の古典主義建築が地域を超えた最初のインターナショナリズムであったからこそ、同時に地域性の意識が生まれたのである。
..2013/12/16(月) 20:10  No.3509
Re:批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎  ..t     
 
  グローバルな差異は、今日にあっては、グローバルな同一性と同じなのだろうか」と疑問を投げかける。とすれば、インターナショナル・スタイルが資本主義と手を結んだように、リージョナリズムは後期資本主義の尖兵となってしまうのか? 確かに観光的な地域主義は、差異を商品化し、この罠にはまっている。一方、批判的地域主義は普遍性と個別性を同時に意識するが、抵抗という誇り高い意志を除けば、結果的に後期資本主義の戦略と近接している。そして見えにくくなった中心的な権力を温存するために、周縁の存在が逆に利用されることもありうるのだ。ゆえに商品化した地域主義に安住することなく、抵抗を続けることが必要なのである。
..2013/12/17(火) 01:19  No.3510
Re:批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎  ..t     
 
  批判的地域主義は、ある程度の場所性が残存することを前提している。だが、これは同時にその限界を指し示している。つまり、都市という砂漠の特に荒廃した領域では、場所に強度がなく、最初から喚起すべき記憶が存在しない。ゆえに、批判的地域主義は有効に作用しないだろう。非人間的な都市を回復すべく、建築家は格闘したが、成功例は少ない。空間を秩序づけるには空々しい。設計に参加すべき住民もいない。もはや場所性を与えることが困難な衰退した都市。そこで伝統的なコンテクストの有無に関係なく、都市のありのままの姿を見つめ、不毛の地に介入するリアリズムが要請される。ルフェーヴルはこうした環境に機能するダーティ・リアリズムの建築を提唱した。都市のどうしようもない所を対象とし、いわばマイナスを二乗してプラスにするといった逆転の発想で魅力的な場所に変換する。これを都市版の批判的地域主義と呼ぶことができるかもしれない。
..2013/12/17(火) 01:39  No.3511
Re:批判的地域主義再考──コンテクスチュアリズム・反前衛・リアリズム | 五十嵐太郎  ..t     
 
  大都市は、同じ国の地方都市よりも、他の国の大都市と似たような環境を生む。従来は、そこに生成する建築を単にインターナショナリズムと呼んだ。しかし、ダーティ・リアリズムのように、それを都市のリージョナリズムとして設計することも可能だ。かくして、ひとつの建築がインターナショナリズムとリージョナリズムに二重化する。
..2013/12/17(火) 02:06  No.3512





  




| TOP | ホーム | ページ一覧 | 携帯用 | 過去ログ/検索 |

+ Powered By 21style +