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小春の伝言板 


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 楽友協会、ユーロビジョン ORFなど  [返信] [引用]
k.mitiko さん

> 私はネットで楽しんでいます。あの群舞は見ている
> だけで気分が晴れやかになりますね。私はフアンです。

では番組の始まるときに ORF という文字をよく目にされているはずです。あれはオーストリア放送協会のことです。流れる音楽は17世紀のフランス人音楽家が作曲したバロック風聖歌(賛美歌)だそうです。

ORFが制作し、ユーロビジョンEurovision というネットワークを介して世界中に大抵ライヴで配信されます。ユーロビジョンに加入しているのはヨーロッパ、北アフリカ、中東の約60カ国です。それ以外に南北米、アジア諸国にも随時配信されます。日本ではNHK、フジテレビ、テレビ東京などが契約を結んでいるようです。言葉の壁を乗り越えて楽しめる音楽番組(今回のニューイヤーコンサート)、スポーツ番組(サッカー・ワールドカップなど)がよく配信されます。あの音楽が始まるとワクワクします。

ヨーロッパの人たちは「モーツァルトが演奏されるところ、すべてヨーロッパ」というヨーロッパ感があると聞きました。いささか思い上がりですが、でも共通の文化を持つのは羨ましいですね。

 
Franzl  ++.. 2020/01/23(木) 23:58 [22333]

 
Franzlさん

ご親切にご紹介ありがとうございました。
ORF紹介のお陰で居ながらにして、様々な
企画が楽しめています。高齢になりますと
単純に楽しめるのは音楽番組で、毎晩ヘッドフオン
で迫力のある音楽を聴いています。

モーツアルトに関しては昔読んだ欧米の知識人の
モーツアルトへのこだわりに、私も好みが広がり、
今までずいぶん背伸びしながらモーツアルトの曲を
楽しんできました。今はその日の気分によって
他の作曲家の音楽も楽しんでいます。
音楽って本当にいいですね。

k.mitiko  ++.. 2020/01/24(金) 19:19 [22337] [引用]

 
k.mitiko さん

ウィーンの中心、聖シュテファン聖堂の直ぐ裏手に「モーツァルトの家」というのがありました。そこで解ったことは彼は28年の短い一生の半分を旅に明け暮れ、訪れたことのある都市は約50カ所。旅の目的には留学も講演も招待もありますが、それにしても凄い回数です。ウィーンの中でも度々転居しています。落ち着かないのです。「モーツァルトの家」から数百メートル離れたところには「モーツァルト夭逝の家」がありました。彼は賭博が好きで、いつも借金があり、家計は火の車でした。生活設計は立てきらない。しかし酒に溺れたという記録はない。妻コンスタンツェ(一節によると悪妻)を愛し、他の女性を愛した逸話もありません。でも音楽だけは人類史上最大級の才能を持っています。

これを読んでははぁと思い当たりました。モーツァルトはかなり典型的な発達障害です。注意欠陥多動性障害ADHDに該当します。そう思って読み直すと合点が行きます。

写真はモーツァルトハウスの内部です。一階に数軒が入る集合住宅で、写真に見られるのは住居に囲まれた内庭。階段室も兼ねています。日本には無い住宅構造が興味を引いたので撮りました。

Franzl  ++.. 2020/01/24(金) 23:59 [22339] [引用]

 
> 彼は28年の短い一生の半分を旅に明け暮れ、

モーツァルトは35歳でなくなりました。
28歳で夭逝したのは画家 エゴン・シーレ です。

今回のウィーン、ブダペスト滞在では数人の天才を身近に知ることが出来ました。既に述べたモーツァルト以外でその人々とは、画家アルブレヒト・デューラー、ピアニスト兼作曲家フランツ・リスト、画家エゴン・シーレ

Franzl  ++.. 2020/01/25(土) 01:00 [22340] [引用]

 
Franzlさん
モツアルトの妻は悪妻の面が強調されていますが、
モーツアルト最後の未完の作品、「レクイエム」を
完成させたのには、全く関係なかったのでしょうか。
いつも不思議に思っております。

話は変わりますが、エゴンシーレの作品には
世紀末の耽美さがにじみ出ていて、なぜか
忘れられません。

k.mitiko  ++.. 2020/01/25(土) 15:03 [22341] [引用]





 エル・エスコリアル修道院(2)  [返信] [引用]
見学用パンフレット類が無く、レポートの順序が前後しているかも
しれませんが、ご了解お願い致します。

こちらは大階段のドーム型天井に描かれたフレスコ画です。

 
TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:44 [22288]

 
こちらは王室専用の礼拝堂です。
中央の祭壇画はティツィアーノ(イタリアルネサンス期)の
「聖ロレンソの殉教」で、この修道院が奉献された
スペイン出身の聖人、ロレンソを描いたものです。

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:45 [22289] [引用]

 
バシリカ正面の高さ30mの主祭壇です。
両側の円柱の間には、祈りを捧げる王族たちの彫像が
配置されていました。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:47 [22290] [引用]

 
ティツィアーノ、ティントレット、リベーラ、ベラスケスなど、
貴重な絵画が展示されている、参事会会議場です。
天井画の美しさもさすがです。
(撮影禁止を忘れてつい撮ってしまいました。)

プラド美術館が出来て、一般に公開されるまで
フェリペ2世が集めた千点以上の作品は、この修道院に
収蔵されていました。

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:48 [22291] [引用]

 
王室の霊廟は地下に造られていました。
この部屋では5世紀に渡るスペイン国王たちの棺が
十字架の両脇に並ぶ棚に収められています。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:49 [22292] [引用]

 
こちらには多分幼くして亡くなった王子や王女のものと
思われる、小さい棺が円形に並べられていました。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:50 [22293] [引用]

 
重厚な書棚が並び、豪華な天井画が素晴らしい図書館です。
こちらには歴史上貴重な古文書や、書籍が多数収蔵されている
とのことでした。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:52 [22294] [引用]

 
フェリペ2世の居室です。意外に質素なことがわかります。
王は春から秋までこの修道院で起居し、終日膨大な政務を
こなしたそうです。

この部屋は礼拝堂に隣接し、痛風で歩けない時には
ベッドから小窓越しにミサに参加したとのことです。

日本からの天正少年遣欧使節の謁見には好意的に応じ、
出来たばかりのこの修道院にも案内したと伝えられていますが、
その反面異教徒への異端審問は過酷を極めたといわれています。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 21:56 [22295] [引用]

 
レコンキスタを完成させ、1492年にようやくスペイン王国を築き上げた、
イサベルとフェルナンド両王から数えて4代。ひ孫にあたる
フェリペ2世が、世界一の領土を誇るハプスブルグ家スペイン国王となる
経緯とは?

なんでしたっけ? 世界史で習ったはずでしたが、
ちょっとおさらいしました。

それはイサベル女王の次女ファナが、オーストリアの
ハプスブルグ家のマクシミリアン1世の長男、フィリップに
嫁いだことが発端でした。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/09(木) 23:13 [22296] [引用]

 
16世紀後半といえばイタリアではルネサンス期はほぼ終わり、バロックが既に始まっていると思いますが、この修道院は

> 装飾を極力排除したシンプルで重厚な外観は、
> 設計者の名をとってエレーラ様式

内部空間、壁面の装飾が少なく、凹凸があまりなく、簡素化されたルネサンス様式という印象があります。参事会会議場や図書館にそれを感じます。参事会会議場の天井装飾も純然ルネサンスですね。

しかし絵画はバロック絵画といえるものが目につきます。図書室の絵がそう見えます。
大階段のドーム型天井に描かれたフレスコ画はもっとバロック的ですね。ルーベンスの「最後の審判(幾つもありますが)」を彷彿とさせます。

Franzl  ++.. 2020/01/09(木) 23:17 [22297] [引用]

 
このフェリペ2世の肖像はオーストリア・ハプスブルク家のルドルフ2世(神聖ローマ帝国皇帝)の肖像にそっくりですね。下顎が出ているところ。

> ハプスブルグ家のマクシミリアン1世

デューラーの肖像画が有名ですね。皇帝がなくなった後に残っていたスケッチを元に描かれたものらしいとか

Franzl  ++.. 2020/01/10(金) 00:31 [22298] [引用]

 
Franzlさん

エル・エスコリアル修道院については、修道僧のようなストイックさと
王室にふさわしい立派さをというフェリペ2世の意向を汲んで造れば
こういう建物になるのかなというのが正直な感想でした。

フェリペ2世は大変な絵画のコレクターだったそうですし、
きっと天井画にも造詣が深かったと思われますので、そちらに関しては
より最新のものになっていったのではないかとも想像しています。

スペインに入って来たルネサンス様式が簡素化したエレーラ様式は
その後あまり普及しなかったそうです。エル・エスコリアル修道院は
特殊なものなのかもしれませんね。

これから宮殿を鑑賞する際には、その建築様式と天井画、絵画などの
調和も同時に鑑賞できたら、さらに楽しいものになるだろうなと
思いました。
色々とヒントを有難うございます。

TH  ++.. 2020/01/10(金) 01:06 [22299] [引用]

 
こちらはイサベル女王の次女ファナ(1479〜1555 )の20歳頃を
描いた、ファン・デ・フランデスの作品です。
先にご紹介した、ヘンリー8世と結婚した末の妹カタリーナの
肖像もこの画家によるものです。

1496年、ファナは1歳上のハプスブルグ家の長男でブルゴーニュ公
フィリップと結婚しますが、間も無くファナの弟ファンとその息子が、
そして翌年姉のイサベルとその息子が死去してしまいます。
その結果、1504年のイサベル女王の死去に際し、王位継承順位に
従って25 歳のファナがカスティーリャ女王となりました。
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/12(日) 20:42 [22309] [引用]

 
そして2年後、今度はファナの夫のフィリップが28歳で急死したため
ファナの長男カルロス(1500〜1558 参考画像)が代わって、下記の
祖父母由来の領地を1人で継承しました。

 父方の祖父マクシミリアン1世のオーストリア
 父方祖母マリーのブルゴーニュ
 母方祖父フェルナンド王のスペイン・アラゴン
 母方祖母イサベル女王のスペイン・カスティーリャ

そして、神聖ローマ皇帝カルロス5世の称号と共に、オーストリアと
スペインのハプスブルグ家の膨大な領地を統治しました。
(スペインではカルロス1世とも呼ばれています)

カルロスの母ファナは夫フィリップの死後正気を失い、終生幽閉の
ままとなり、事実上カルロスがカスティーリャを統治しました。

1556年、カルロス5世は生前譲位を行い、弟のフェルディナンドに
オーストリアと神聖ローマ皇帝位を、息子のフェリペ2世に
スペインをはじめとする残りの領土を譲りました。
これ以降ハプスブルグ家はオーストリアとスペインに別れました。

フェリペ2世は上記の領土に加え、一時的に後継が絶えたポルトガル
王位とその膨大な植民地を継承したため、スペインは文字通り
「日の沈まぬ帝国」となりました。

その後スペイン・ハプスブルグ家は、フェリペ4世の息子の
カルロス2世(1661〜1700)が後継を残さなかったため断絶し、
遠戚のフランス・ブルボン家出身でフランス王ルイ14世の孫が
フェリペ5世として即位しました。このスペイン・ブルボン家が
現在のフェリペ6世に繋がっています。

スペインを旅した際、行く先々の名所旧跡で各時代の王の名前が
大勢出て来て困ったので、遅まきながら帰国後少しおさらいを
しました。
(参考画像 カルロス5世 ティツィアーノ作 プラド美術館)

TH  ++.. 2020/01/12(日) 20:46 [22310] [引用]

 
エル・エスコリアル修道院の巨大な建物を見納めながら、
次の目的地へと移動しました。

TH  ++.. 2020/01/12(日) 20:48 [22311] [引用]

 
> 1556年、カルロス5世は生前譲位を行い、弟のフェルディナンドに
> オーストリアと神聖ローマ皇帝位を、息子のフェリペ2世に
> スペインをはじめとする残りの領土を譲りました。
> これ以降ハプスブルグ家はオーストリアとスペインに別れました。

THさんのレポートは見たことのある絵画は幾つも出てきますし、建築様式にも触れておられ、つまり多岐にわたっているので、何処にコメントして良いのか分からず、いたずらに日が過ぎて行きました。

ハプスブルク家の人脈、誰が誰だか、、、が少し解りました。正確にはオーストリアのほうはマリア・テレジアがロートリンゲン侯と結婚して以来、ハプスブルク・ウント・ロートリンゲンがやや正式な名前です。
正確な名前は例えばエリザベートの夫君フランツ・ヨーゼフ1世の名前、ブダペストのフランツ・リスト記念館に皇帝がリストに贈った功労賞状がありましたが、えらく長たらしい。
スペイン系はアブスブルゴですか?

写真はブダペストのリスト記念館です。

Franzl  ++.. 2020/01/19(日) 23:25 [22324] [引用]

 
> THさんのレポートは見たことのある絵画は幾つも出てきますし、建築様式にも触れておられ、つまり多岐にわたっているので、何処にコメントして良いのか分からず、いたずらに日が過ぎて行きました。

私もまさにFranzさんの感想どおりの思いです。

THさんのスペイン旅行記でスペインの建築物、美術品、歴史を要領よく知ることができました。
特にハプスブルク家がスペインとオーストリアに別れる歴史は知っていましたが、改めて具体的なイメージを抱くことができました。

私が特に印象に残ったのがイサベル女王の次女ファナの肖像画。
英国王ヘンリー8世王妃の姉だそうですが、雰囲気がよく似ていますね。
どちらにも晩年の悲哀を予兆させるものを感じたのは私だけでしょうか。

リワキーノ  ++.. 2020/01/20(月) 09:11 [22325] [引用]

 
Franzl様 

スペイン旅行のリポートには既にいくつも有益なコメントを頂いております!
有難うございます。何しろスペインの歴史を知らずに出かけましたので
調べながらのレポートです。ヨーロッパに関して造詣の深いお二人に
コメントを書いて頂くことでよい勉強になっております。

ということで質問に対する答えになっているかわかりませんが
>スペイン系はアブスブルゴですか?
に関しましては、ハプスブルグのスペイン名で、Habsburgo のようです。

大晦日と新年のニューイヤーコンサートの熱気と感激が伝わってくるような
青きドナウのレポート、拝見しています!
また、遠く離れたスペインとオーストリアがかつて深く結びついていたという
歴史、興味深いですね。


リワキーノ様

いろいろとコメントをお寄せいただき、有難うございます。
イサベル女王の2人の王女の肖像画は、私も強く惹かれました。

当時の政略結婚は、まだ10代の王女達が故国を離れて輿入れをし、
王子を成すことが最大の責務とされたわけですから、出産を繰り返すことで
健康を害し、また度重なる近親結婚の弊害によるでの乳児の死亡ということが
多く、華やかな宮廷生活の裏で、大変な思いをしたことだろうと思います。
健気にもその運命に従ったこの2人の他にも、このような王女達が多数
いたことでしょう。

2月はじめまでちょっと多忙にしておりますので、レポートの続きを
その後書かせて頂く予定です。またよろしくお願いします。

TH  ++.. 2020/01/22(水) 14:46 [22332] [引用]





 中欧その2  [返信] [引用]
時季外れのXmasマーケットで恐縮しています。

リワさん
コメントありがとうございます。
ミュシャ展はウチの前でやっていますが私もまだ行っておりません。
フラウエン教会の内部の写真です。そこは戦争で完全破壊され1994年から始められて2005年に完成したようです。

THさん
これからゆっくり海外を楽しまれる由、良いですね!!
同窓生で色んな方が居るので是非皆さんのご意見でチョイスされれば良いと思います。

中欧その2はオーストリアからスロバキアです。
ウイーンでは時間が無くザッハトルテを食べそこないました、残念!ハルシュタットはお初でしたが小さな綺麗な村でした。スロバキアもお初、ここはホントに通り過ぎる感じでした。

https://youtu.be/Wde3xsRPG4s

 
京都のリンダです  ++.. 2019/12/30(月) 10:35 [22260]

 
京都のリンダさん、ご無沙汰しています。お目にかかったのは一昨年でしたか。

ところで年の替わり目はウィーンで迎えました。写真は楽友協会大ホール、大晦日コンサートです。

小春ページに集う皆々様、今年もよい年でありますように、よろしくお願いします。

Franzl と M.v.K.  ++.. 2020/01/06(月) 23:48 [22278] [引用]

 
Franzl と M.v.K. さん

久しぶりに拝見するFranzご夫妻、成熟された紳士、淑女といった雰囲気で素敵ですね!

> ところで年の替わり目はウィーンで迎えました。写真は楽友協会大ホール、大晦日コンサートです。

何と優雅な!


リワキーノ  ++.. 2020/01/07(火) 09:07 [22279] [引用]

 
Franzlさん、奥様
こちらこそご無沙汰しています。
> ところで年の替わり目はウィーンで迎えました。写真は楽友協会大ホール、大晦日コンサートです。
>
凄ーーーーい😲😲😲流石に優雅ですね😍
こちらはバタバタとした貧乏ツアーでした。
学友協会も外から横目で見ただけです。
元旦にNHKでニューイヤーコンサートをやっていましたので、録画して見ました。

鎖橋のことも初めて聞きました。何しろボーっと生きており、チコちゃんに叱られっぱなしの人生です😅

最後になりますが、本年も宜しくお願いいたします。

京都のリンダです  ++.. 2020/01/08(水) 09:19 [22280] [引用]

 

Franzl と M.v.K. さん

ご無沙汰しております。楽友協会での大晦日コンサート
とはすばらしいですね。我が家では元日の会食とニューイヤーコンサートはセットになっており、いつもこの場所で音楽を聴けたらどんなにいいだろうと思っていました。私の憧れの場所です。


k.mitiko  ++.. 2020/01/08(水) 09:59 [22281] [引用]

 
京都のリンダさん

> ウイーンでは時間が無くザッハトルテを食べそこないました

この一言、写真に撮られた建物がホテル・ザッハーと知ってのお言葉ですか?
それは残念、ホテルの右角がザッハー・トルテ専用カフェになっており、時間がなければ買って帰るなり、航空宅配サービスなり出来ましたものを!

Franzl  ++.. 2020/01/15(水) 00:34 [22322] [引用]

 
Franzlさん
> この一言、写真に撮られた建物がホテル・ザッハーと知ってのお言葉ですか?
> それは残念、ホテルの右角がザッハー・トルテ専用カフェになっており、時間がなければ買って帰るなり、航空宅配サービスなり出来ましたものを!

そーなんですよ😓
すぐ隣を通ったのですが、並んだ人の行列で、即ドロップ😫デメルに行こうと思ったのですが、Xmasマーケットに時間がかかったそちらもドロップしました😅
宅急便とか、持ち帰りは思い付きませんでした、残念!!



京都のリンダです  ++.. 2020/01/17(金) 19:12 [22323] [引用]

 
K.mitiko さん
ブログ拝見致しました。沖縄の結婚記念写真撮影も、姑様の紺の着物も、とても素敵ですね。「今から長い眠りにつくのです」というお言葉、次の世代への時間が何と奥ゆかしく表現されているのでしょう!

> とはすばらしいですね。我が家では元日の会食とニューイヤーコンサートはセットになっており、いつもこの場所で音楽を聴けたらどんなにいいだろうと思っていました。私の憧れの場所です。

楽友協会黄金の大ホール。もう夢のようでした。そして指揮者アンドリス・ネルソンスの実に素敵だったこと!彼が一流か1.5流か、私の耳では解りません。でも素振りに現れるひょうきんさ、人なつっこさ、彼はラトビア出身だそうで、私は初めて彼を知りましたが、一回でファンになりました。

実はほとんど誰も知らないエピソードがあります。私が観たのはニューイヤーではなく、大晦日Silbesterのコンサートでした。同じものが続けて2回催されるのです。アンドリス・ネルソンスはコルネットをたしなみなすね。大晦日ではちょっと吹き損なって、かすれた音が出てしまいました。勿論彼はあれっ?という表情をしておどけたのですが、それがおふざけなのか本当の吹き損じなのか解りませんでした。ところが、、

実は翌元日のニューイヤーコンサートも私達は観たのです。それは全くの僥倖でした。元日昼間私達はトラム・地下鉄の一日乗車券を買い、足の向くままウィーン市内を散策していました。
市庁舎に行くと前の広場に人が沢山集まって、ニューイヤーコンサートのライヴを大スクリーンで観ているではありませんか(こちらではお昼過ぎです)!私達も勿論立ち見に加わりました。そうしたら今日のネルソンスはコルネットを吹き損じませんでした。ああ、やっぱり昨日は本当に吹き損じたんだと解りました。これが解る人、つまりジルヴェスターとニューイヤーと2度観た人、世界中にどれほどいるでしょうか?

アンコールで「美しく青きドナウ」がありましたね。あの時も初めの2小節の弦ををほんの少しだけ演奏し、聴衆の拍手が起こりかけると別の話題を始める小憎らしさ!しかし青きドナウが始まるとその実に嬉しかったこと!ウィーンフィルの「青きドナウ」をウィーンで2度も聴けるなんて、もう感激です。ライヴヴィューイングを観ていた人たちが自然に踊り出しました。素敵で素敵でたまらない。昨日に続いて涙が出そうでした。私もM.v.K.とほんの少しだけ踊りました。


Franzl  ++.. 2020/01/20(月) 22:43 [22326] [引用]

 
Franzl さん
私のつたないブログを見て頂いてありがとうございます。
長年親しんできましたニューイヤーコンサートが2回も
あるとは初めて知り、驚いてしまいました。この頃は
ジルベスターコンサートも盛んになってきていますが、
ウイーンフイルが連日の公演とは思いもよらず、他の
団体の演奏とばかりと思っていました。余談になりますが、新進気鋭の指揮者は、意欲的な曲目を取り上げるので日本の視聴者には知らない曲が多いとのことを聞いて
最近はなるほどと思うことがありますが、それでもあの
場所でウイーフイルの生演奏を聴きたいなあと、かなはぬ夢として思っています。今年の指揮者は親しみやすかったですね。

k.mitiko  ++.. 2020/01/21(火) 09:44 [22327] [引用]

 
追伸

私も「美しき青きドナウ」は理屈抜きで大好きです。
この曲を耳にしますと心が弾みます。お二方で
踊られたなんて、なんて素晴らしいのでしょう。

k.mitiko  ++.. 2020/01/21(火) 09:51 [22328] [引用]

 
>ライヴヴィューイングを観ていた人たちが自然に踊り出しました。素敵で素敵でたまらない。昨日に続いて涙が出そうでした。私もM.v.K.とほんの少しだけ踊りました。

次回、そう言うチャンスがありましたら誰かに頼んで動画を撮ってもらってください。

しかし「美しき青きドナウ」は8分の6拍子のウインナワルツですから180度くるくる回転しながら踊るので超難しいのですよ。
8年社交ダンス教室に通っている私もまだ一度も踊ったことはありません。
HT先生に聞いたところ、回転しなくてもよい簡略化したステップがあり、それだと誰でも踊れるとのことでした。

しかし、見たかったですね、FranzさんとM.v.K.さんのダンスを。

リワキーノ  ++.. 2020/01/21(火) 17:11 [22329] [引用]

 
リワキーノさん

> 「美しき青きドナウ」は8分の6拍子のウインナワルツですから180度くるくる回転しながら踊るので超難しい

ダンスは習ったことありませんが、それは存じております。それは2月に行われる
  国立歌劇場舞踏会 Opernball (席の上に床を作る)や
  楽友協会舞踏会 Philharmoniker Ball (席を取り外す)の時です。
これは踊る本人(17 - 24歳)も、バルコニー席で観る家族も、一人50 - 100万円相当の入場料が必要です。オーストリアでは国を挙げて舞踏会 Ball バル が催され、若い男女が燕尾服と白いドレスで社交界デビュー(日本では成人式)します。

 市庁舎前で踊ったのはゆっくりしたリズムの3拍子。40代のお母さんが10代の娘にゆっくりしたテンポでステップを教えていました。

 「美しく青きドナウ」は約50年前に制作された名画「2001年宇宙の旅」で、オープニング-、エンドクレジットに用いられました。人類の遺産的名曲だと思います。

Franzl  ++.. 2020/01/22(水) 01:29 [22330] [引用]

 
Franzlさん

国立歌劇場舞踏会 Opernball 
楽友協会舞踏会 Philharmoniker Ball

私はネットで楽しんでいます。あの群舞は見ている
だけで気分が晴れやかになりますね。私はフアンです。

k.mitiko  ++.. 2020/01/22(水) 09:26 [22331] [引用]





 手打庵で新年会なのだ。  [返信] [引用]
楽しいなぁー😃
 
さすさら  ++.. 2020/01/12(日) 13:52 [22306]

 
> 楽しいなぁー😃

もう一枚なのだ。

さすさら  ++.. 2020/01/12(日) 14:03 [22307] [引用]

 
私、リワも撮したのだ。


リワキーノ  ++.. 2020/01/13(月) 23:59 [22314] [引用]

 



リワキーノ  ++.. 2020/01/14(火) 00:01 [22315] [引用]

 
みんな、楽しそうなのだ。


リワキーノ  ++.. 2020/01/14(火) 00:01 [22316] [引用]

 
みっちゃん、てんちゃんには本当にお世話になったのだ。
みっちゃんの蕎麦は天下一なのだ。


リワキーノ  ++.. 2020/01/14(火) 00:03 [22317] [引用]

 
ここに元編集長がいないのが寂しいのだ。


リワキーノ  ++.. 2020/01/14(火) 00:05 [22318] [引用]

 
皆さん本当にたのしそうですね。

わたしも昨日行きつけの古本屋ムックで持ち込みの
新年会があり、皆さん方の新年会のレベルとは全く
違いますが、顔なじみの方たちとの食事しながらの
交流は人生の楽しみだと思いました。

お酒は飲まないつもりでしたが次々と口切られる
ワインに数年ぶりの酔いをかんじました。

k.mitiko  ++.. 2020/01/14(火) 10:04 [22319] [引用]

 
新年会の皆さんお笑顔が素晴らしい!

皆さんがいつまでも健康で
こうやって集まれることを祈ります。

鳴滝ファミリー  ++.. 2020/01/14(火) 14:34 [22320] [引用]

 
k.mitikoさん、鳴滝ファミリーさん

コメントをありがとうございます。
手打ち庵宅の蕎麦膳は20年近くになりますが、あと20年は続いて欲しく願っております。
(そのときはみんな92歳!)

ところで私の掲載した画像は何であんなに粒子が粗いのでしょうか?

フォトンさんとのツーショットは低画質で載せてみます。



リワキーノ  ++.. 2020/01/14(火) 22:51 [22321] [引用]





 「みんなのミュシャ展」  [返信] [引用]
昨日、行ってきました。
内容は下記のページをご参照ください。
http://www.bunpaku.or.jp/exhi_special_post/mucha2019/

予想以上に展示作品が多く、影響を受けた日本の漫画家の彼の画風を模した多くのオリジナルの原画 やロックミュージシャンたち(ビートルズ、ローリング・ストーンズ、ジミ・ヘンドリックス、ピンク・フロイド、その他)のLPレコードのジャケットの画像や多くのコンサートのポスターなども展示され、充実したものでした。


 
リワキーノ  ++.. 2020/01/11(土) 23:02 [22304]

 
ミュシャはアールヌーボーの代表的画家と言われているそうですが、私の好みから言えば、エロスに関してはいささか淡泊すぎるような美しい容姿の女性ばかり、という印象でした。

リワキーノ  ++.. 2020/01/11(土) 23:04 [22305] [引用]

 
アルフオンソ・ミュッシャは昔福岡でも展覧会があり、
見たことがありますが、今また話題になっているのですね。判りやすいテーマ、画風に惹かれるひとが多いい
ようですが、私は「スラブ叙事詩」に魅力を感じました。
19世紀末から20世紀にかけてクリムトやエゴンシーレなど大きな文化運動の旗手でもあった存在ですね。

ブログを更新しました。https://nvuedi93pz1y.blog.fc2.com/

k.mitiko  ++.. 2020/01/12(日) 14:44 [22308] [引用]

 
k.mitikoさん

コメントをありがとうございます。

>私は「スラブ叙事詩」に魅力を感じました。

そうそう、そうでした。
私はミュシャというと何か心に引っかかる作品があると思ってましたが「スラブ叙事詩」でした。
私もかつてネット上で見たとき、魅了されたのでした。
k.mitikoさんがコメントしてくださらなかったら全然気がつかずにいたことと思います。

年明けての「道子の部屋」はまだ見ていなかったので
たくさん投稿されているのを知り、驚きました。
とくにアキちゃんの結婚写真の撮影事情は素敵ですね。

これからも定期的に拝見します。

リワキーノ  ++.. 2020/01/13(月) 09:04 [22312] [引用]

 
リワさん

私のブログを見てくださってありがとうございます。
ブログというものをあまり理解しないまま表現して
いるところがありますが、内容が身近なものに
なるだけに面白く、楽しさもあり、対象にしたいものが
色々とあり、続けていけそうです。

k.mitiko  ++.. 2020/01/13(月) 20:39 [22313] [引用]





 アダムとイブ/デューラー  [返信] [引用]
> プラド美術館にはデューラーの「アダムとイブ」という、それは美しい
> 2体並んだ全身像があり、大変気に入りました。ルーベンスの「三美神」も
> もちろんプラドを代表する作品として扱われていましたが、私としては
> 「アダムとイブ」が新鮮に感じられました。

THさん
デューラーの「アダムとイブ」はフランクフルトのシュテーデル美術館で数年前に見ました。これがプラド美術館からの貸し出しとは知りませんでした。

 
Franzl  ++.. 2020/01/10(金) 22:59 [22300]

 
フェルメール全作品を見ると宣言した次女に付き添って、フランクフルト・アム・マインの空港に降り立ちました。

尤も飛行機代などすべてこちら持ち、宣言もどれくらい本気か怪しいものですが。

その時シュテーデル美術館で見たフェルメールは「地理学者」

Franzl  ++.. 2020/01/10(金) 23:11 [22301] [引用]

 
Franzlさん

フェルメールを全作見るという意気込み、素敵ですね。
付添いがてらお父さんも一緒に見てしまおうというところがまた、
いいですね。

作品は多くないようですが、あとどのくらい残っています?
ゆっくり時間をかけてあちこち回るのも楽しいことでしょう。

写真は2012年に銀座で開かれた、「フェルメール 光の王国展」という
画像によるレプリカ展で、ここで全作品を見ました。
一応全貌が掴めましたが、もちろん本物にはかないません。

機会を捉えながら見ていきたいものですね。

TH  ++.. 2020/01/11(土) 01:05 [22302] [引用]

 
THさん、面白いですよ

https://www.youtube.com/watch?v=pia0iJLqzmA


https://www.youtube.com/watch?v=j_9EcGdaV6w

Franzl  ++.. 2020/01/11(土) 20:50 [22303] [引用]





 エル・エスコリアル修道院(1)  [返信] [引用]
快晴の10月4日朝、アトーチャ駅近くのホテル
「パセオ・デル・アルテ」から、マドリード郊外45kmの
エル・エスコリアル修道院に向けて出発しました。

 
TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:05 [22282]

 
途中、「戦没者の谷」を通過しました。
これはスペイン内戦(1936〜39)の双方の戦死者を埋葬する
ために、フランコ将軍が命令して建造した国立の慰霊施設です。

岩の上には世界最大の、高さ152.4mの石造の十字架がそびえ、
地下に花崗岩をくり抜いて造った巨大な聖堂があるという
白い建物も見えました。
 
一説によれば、フランコ将軍率いる反政府軍戦死者は手厚く、
それに対し政府軍の戦死者は一括埋葬された、というあまり
信じたくない話もあるようです。

また「戦没者の谷」の建設は、政治犯や捕虜の過酷な強制労働に
よるもので、2018年に発足した左派政権は、世論が別れる中
フランコ将軍の遺体を戦没者の谷から移転させることを決議し、
ちょうど私たちが旅から帰国してすぐの10月25日 、棺を別の
墓地に移す作業が行われたとのことでした。

TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:12 [22283] [引用]

 
このあと山道を走り、石段を登ると、山頂に
岩を削って作った腰掛けがありました。

これはフェリペ2世(1527〜1598)が修道院建設の進捗を
視察する時に座ったという「王の椅子」で、
痛風を病んでいた王はここまで輿に乗せられて登ったとのことです。

TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:14 [22284] [引用]

 
ちょっとこの椅子に座って、望遠で撮った写真です。
山裾に建つ修道院の巨大なこと! 周囲の建物と比べると
よく分かります。

このエル・エスコリアル修道院は、1557年のフランスとの
「サン・カンタンの戦い」の戦勝記念として、フェリペ2世が
1563年から20年余りをかけて建造したものです。

修道院の全体像は下記の参考画像でどうぞ。

TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:16 [22285] [引用]

 
熱烈なカトリック信者だったフェリペ2世の意向で、
修道院は教会と王室の霊廟と国王の離宮を融合したものでした。

南北207m、東西161mの建物はルネサンス様式を基本とし、
左右対称、装飾を極力排除したシンプルで重厚な外観は、
設計者の名をとってエレーラ様式と呼ばれています。

この修道院は、火あぶりで殉教したとされる
聖ロレンソに捧げられており、殉教に使われた金網の
格子型を意識して平面設計されました。(怖いですねー。)
(参考画像)

TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:19 [22286] [引用]

 
「諸王の中庭」です。
修道院の聖堂の正面入口の上には、旧約聖書に登場する
ユダヤの王たちの彫像が並んでいます。

この時期スペインは黄金期を迎えて領土は最大となり、
「日の沈まぬ帝国」といわれていました。
建物内部にはこうしたスペイン王室にふさわしい、
威厳を備えた内装が施されていました。

撮影禁止でしたので、後半は参考画像を交えて
内部の様子をお伝えします。

TH  ++.. 2020/01/08(水) 22:22 [22287] [引用]





 中欧の旅(その3完)  [返信] [引用]
今回は最終回で、ハンガリーのブダペストの巻です。
ここもこじんまりして、プラプラと歩くには適しています。
中で出てくるジェルボーというカフェは東京にも有るようです。興味がある方はどーぞ。
今回のフィンエアーは前回のオーロラツアーと同じ時間で懐かしく感じました。

時期外ればかりでは申し訳なく、先日行った現職時のお得意様での餅つき大会の写真にしました。(少々飲んだ後なので、腰つきが、、、、)

何とか年内にレポート上げる事が出来ました。
それでは元編集長並びに皆様良いお年をお迎え下さい。

https://youtu.be/UUSjIR7E-ns

 
京都のリンダです  ++.. 2019/12/31(火) 13:03 [22264]

 
京都のリンダさん
明けましておめでとうございます。

鎖橋チェーンブリッジがどんな構造の鎖を使っているかご存じですか?両手の人差し指と親指で作る鎖の形ではなく、自転車のチェーンのようなやつです。薄い鋼板の両端に穴が空いており、それを13枚重ねてボルトで締め、これを連ねて鎖にしています。たしかに巨大な自転車チェーンですね!おまけにそれが2層になっています。

Franzl  ++.. 2020/01/06(月) 23:38 [22277] [引用]





 マドリード(4)  [返信] [引用]
午後からはアトーチャ駅周辺の3つの美術館を回りました。

こちらはティッセン・ボルネミッサ美術館の建物で
もとは19世紀の貴族のお屋敷だったそうです。

収蔵絵画は、ドイツの鉄鋼財閥ティッセン・ボルネミッサ男爵家の、
2代にわたる個人のコレクションを、イギリスの熱心な招致を抑え、
スペイン政府が買い取ったもの。
勝因は条件としてこの建物が提供された事、その立地がマドリードの
中心部でプラド美術館に近く、環境として申し分なかった事だそうです。

今回初めて知ったのですが、個人のコレクションとしては質量共に
世界有数で、エリザベス女王のコレクションに次ぐといわれ
ヨーロッパ絵画の古典から近代まで専門家のアドバイスに沿って
偏りなく蒐集されているそうです。

 
TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:40 [22224]

 
1992年開館の内部は明るく改装され、入り口での手荷物検査もなく、
写真撮影もOKでした。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:42 [22225] [引用]

 
こちらは主要コレクションの一つ、ヤン・ファン・エイク(初期フランドル派)の「受胎告知」です。
小さな額の中は、よく見ると細密に立体的に描かれた絵でした。(15世紀)
初めて実物を見る、ヤン・ファン・エイク。素晴らしかったです。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:43 [22226] [引用]

 
こちらはティッセン・ボルネミッサ美術館を代表する作品です。
ドメニコ・ギルランダイオ(ルネサンス期 ミケランジェロの師匠)の
「ジョバンナ・トルナブオーニの肖像」です。(15世紀)
私もこの作品に惹かれてここへやって来た一人です。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:45 [22227] [引用]

 
この少女像は、レコンキスタを完遂してスペイン王国を築いたアラゴンの
フェルナンド王と、カスティーリャのイザベラ女王との間の末娘、
「カタリーナ・デ・アラゴン」の10歳頃のものといわれています。
スペイン宮廷に仕えたファン・デ ・フランデス(初期フランドル派)の作品です。

カタリーナ(キャサリン)は政略のため10代でイギリス王室に入り、
ヘンリー8世と結婚、娘メアリー(ブラディーメアリー)をもうけます。

その後ヘンリー8世は離婚を可能にするためイギリス国教会を設立して
アン・ブリーンと結婚し、カタリーナは幽閉されますが、最後まで自身の
離婚を認めず、イギリスで49歳で亡くなりました。

何か大変痛ましいリアルな絵で、強く印象に残りました。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:46 [22228] [引用]

 
その隣に展示されていたのは、何と「ヘンリー8世の肖像」でした。
イギリスの宮廷に仕えたドイツ人、ホルバインの作です。(ルネサンス期)

この絵が描かれた1536年に、カタリーナは幽閉先で死去、その葬儀の日
新王妃となっていたアン・ブリーンは男子を死産し、怒ったヘンリー8世に
罪を着せられ処刑されます。

アンの娘エリザベスは後年イギリス女王となりますが、跡継ぎがないまま
チューダー朝は終焉を迎えました。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:48 [22229] [引用]

 
カラバッジョ(バロック期)の宗教画、「聖カタリーナ」です。(1598年)
カタリーナはキリスト教を布教したためローマ皇帝の怒りを買い、殉教します。

後ろの車輪は殉教の道具ですが、伝説によるとカタリーナの体に車輪が
触れた途端、飛び散って壊れ、奇跡が起きますが、ついには殺されます。
車輪は聖女を表すシンボルとなりました。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:50 [22230] [引用]

 
レンブラント(オランダバロック期)の自画像です。(1642年)
有名な「夜警」が描かれた頃の作品で、黄金期のものだそうです。
レンブラントはこの他にも多くの自画像を残しました。

あまり知られていない魅力的な作品がたくさんある事に驚きながら
この美術館を後にして、次へと急ぎました。

TH  ++.. 2019/12/11(水) 12:52 [22231] [引用]

 
THさん、いつも興味深いレポートありがとうございます。

ヒエロニムス・ボス、レンブラント自画像、ヘンリー8世像、フラ・アンジェリコ等々、ああここにあったのですか。

実はクリスマスの頃私と M.v.K. はウィーンで美術館巡りをしていました。丁度アルベルティーナ美術館でデューラー展があっていまして、その中で特に衝撃を受けたのは9歳の自画像です。プラド美術館の自画像にも幼い頃の面影が残っています。9歳時の自画像の凄いのは、デューラーはその年齢で自分の才覚を自覚していて、それを周りの大人たちに認めて貰うために、描き直しの出来ない紙(だったか)に慎重に描いたことです。オーディオガイドで聴いて、ため息が出ました。

デューラーにしてもピカソにしてもルーベンスにしても、後世に名を残す画家はとにかく作業が速く、多作です。

ルーベンスはフェリペ4世の信頼厚く、多言語を駆使し、外交官として折衝に当たったといいます。美術工房には数十人の弟子を擁し、ミュンヘンの美術館では二度目の妻との幸せそうなポートレイト画を見ることが出来ます。おそらくマドリードにはルーベンスの作品が多いのではないでしょうか?

カラヴァッジョも凄いですね。
> 後ろの車輪は殉教の道具ですが、伝説によるとカタリーナの体に車輪が
> 触れた途端、飛び散って壊れ、奇跡が起きますが、ついには殺されます。
> 車輪は聖女を表すシンボルとなりました。

そこで聖カタリーナは斬首されたと言い伝えられています。

もっともっとレポート待っています。

添付画像はアルベルティーナ美術館のグロテスク装飾です。

Franzl  ++.. 2020/01/05(日) 18:05 [22274] [引用]

 
Franzlさん

コメントを頂き、有難うございました。
Xmasのウイーンに行かれたとか、よかったでしょう?
アルベルティーナ美術館はもちろん初めて聞く名前ですので、
将来ウイーンへ行くようなことがあれば参考にさせてもらいますね。
デューラーが子供の頃からすでに絵の才能を密かに自負していたという
エピソード、さすがと思いました。

プラド美術館にはデューラーの「アダムとイブ」という、それは美しい
2体並んだ全身像があり、大変気に入りました。ルーベンスの「三美神」も
もちろんプラドを代表する作品として扱われていましたが、私としては
「アダムとイブ」が新鮮に感じられました。

ともかく今までイタリアルネサンスにばかり目を向けていましたが、
同じ頃、ドイツやオランダ、ベルギーなどでも北方ルネサンスという
優れた絵画の活動があったことを遅まきながら実感出来た美術館巡り
でした。

TH  ++.. 2020/01/06(月) 16:29 [22275] [引用]

 
THさん

北方ルネサンスの巨匠たちはイタリアに留学して持ち帰り、独自に芸術を開花させましたが、フランドル(ベルギー)、ネーデルラント、ドイツ、実に見応えあります。

もう少し絵画を、新たにブログを立ててご紹介願えませんか? 私もお返しにウィーンの美術館案内を致します。今日明日は超多忙で、、。

Franzl  ++.. 2020/01/06(月) 18:59 [22276] [引用]





 ラテン語を学ぶ顧客女性  [返信] [引用]
I.Cさんは私の20年来のお客様です。

昨日、調律に伺ったとき、部屋に置いてあった漫画「聖☆お兄さん」に私が言及したことがきっかけで、I.Cさんがラテン語を勉強していることを知り、一介の主婦が何故ラテン語を?と私は驚きました。

なぜならラテン語は古代ローマの言語で、現在ではバチカン市国でのみ公用語として使われている以外はほとんど死語となった言語だからです。

動機をお尋ねするとヨーロッパには英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語とたくさんの言語があるが、人名のヘンリー、アンリー、ハインリッヒ、エンリコ、エンリケのように似たようなスペルや音を共有していることに興味をもち、その元となったのがラテン語だということを知り、勉強したくなったそうです。

ラテン語を教える講座があるそうで、そこに通って文法と発音を学び、テキストを翻訳する授業に取り組んだときに使われたのがカエサルの「ガリア戦記」だそうで、勝利の知らせを「来た、見た、勝った」という三つの動詞だけを使ったことで有名な簡潔な文書を記すカエサルのテキストは初心者向きとしては最適だったことでしょう。

そして今、取り組んでいるのがカエサルと共にラテン文学の双璧といわれるキケロの「義務について」だそうで、こちらはカエサルとは対照的に修辞法を駆使した持って回った言い回しで、翻訳するのに大変難儀するそうです。

ローマの五賢帝の一人、マルクス・アウレリウスの「自省録」は遠征で戦場を転戦する間の陣中で記した備忘録で、自分へのメモがわりとして記されているので実に簡潔な文体なのですが、そこから推し量れるストア派哲学者でもある皇帝の知性、理性に私は若い頃に読んで大変感銘を受けたのでそのことを話すとI.Cさんは是非、読んで見ますと言ってくださいました。

しかし現在実用性のない未知の外国語を単なる興味だけで学ぼうとするその女性の情熱には感銘を受けます。

I.Cさんからはなおも興味深い話を聞いたのですが、それはまた別の機会に紹介します。

 
リワキーノ  ++.. 2019/12/06(金) 09:15 [22217]

 
リワキーノさんお久しぶりです。もし出来ればI.Cさんに尋ねて頂きたいことがあります。ラテン語とイタリア語の関係です。

消滅したラテン語の文法は格変化がたしか6格まであり、名詞の性も男性、女性、中性と3種類あります。これに対してイタリア語は英語同様格変化は3格、名詞の性は男性、女性の2種類です。だからイタリア語が興隆したのだろうと思いますが、解らないのは発音のことです。

たとえば英語でベネディクトは男性に用いられる名前です。それが言語の形成を山に源泉を持つ川の流れに例えると
源流のラテン語では Benedictus
中流のイタリア語では Benedetto
下流の英語、スペイン語、ドイツ語では Benedict、Benedicto、Benedikt
となります。発音もイタリア語だけベネデットと、他の言語と異なります。

似た例に perfect(英 パーフェクト)は perfetto(伊 ペルフェット)、
express(英 エクスプレス)は espresso(伊 エスプレッソ)などの例を挙げることが出来ます。

つまり源流のラテン語に近いイタリア語は”ク”の音が日本語で言う促音便のように弱くなり、しかしさらに下流というべきスペイン語、英語、ドイツ語では”ク”の音が復活するのです。これが何故なのか解りません。

Franzl  ++.. 2020/01/05(日) 02:01 [22271] [引用]

 
Franzlさん

本当にお久しぶりです。
小春ページが閉じられる前から伝言板に登場される人が減り、淋しく思っていましたのでFranzlさんの投稿はとっても嬉しいです。

I.Cさんですが、この方とはメールやLINEでのやり取りはしておらず、この伝言板の私の投稿もご存じありません。
そこでI.Cさんのメールアドレスをお聞きし、私とFranzさんの投稿をお知らせしてお返事をいただきたく思ってますので、暫くお待ちいただけますでしょうか。

リワキーノ  ++.. 2020/01/05(日) 10:27 [22272] [引用]

 
はい、承知しました。
ちっとも急いでませんから、ついでの折にでもお願いします。

Franzl  ++.. 2020/01/05(日) 16:38 [22273] [引用]








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