2024年 1月
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楽団での出来事を折々に綴っていこうと思います。

2024. 1. 25. Thu ありがとう TKちゃん
2023. 6. 14. Wed ありがとう
2022. 10. 31. Mon さいたま市民音楽祭
2022. 6. 22. Wed 小さな団の人的パワーが凄い!
2022. 6. 21. Tue 久々の総会♡
2021. 12. 11. Sat 今年を振返って
2021. 1. 01. Fri 今年もよろしくお願いします。
 

 
  2024. 1. 25. Thu
      ありがとう TKちゃん
  
代表のTKちゃんが、逝ってしまいました。 
3年8か月、頑張って、頑張って、頑張って、病と闘って、逝ってしまいました。 
 
TKちゃんと初めて会ったのは、16年と2か月前。 
「senior breath of wind 和」を2007年4月に立ち上げて、その年の12月の初めてのファミリーコンサート当日でしたね。 
その3日前に、頼んでいたMCがキャンセルしてきたと慌てて、一度も面識のない私を、夫がその2か月前にホルン奏者として入団して、メールで挨拶させていただいた時の内容が良かったと持ち上げてくださって(笑)、MCとして指名してきたのです。 
「はぁー?」 
「へぇー!」 
呆れるだけでしたが、MCなど人生においてやったことのない私に頼らなければならないほどだったんです。すべて手作りのコンサートです。直前です。暇な私がお手伝いしなければと、引き受けたのがご縁の始まりでした。 
当日、コンサート会場には、旦那様のYUちゃんが、スーツを着てニコニコとされて、嬉しそうにお手伝いをしていたことが昨日の事のようです。 
 
 
その後、あれよあれよという間に、団員が増え、名前の通り家族も巻き込み、あたたかい交流を大切にファミリーコンサートを重ね、順調に続いていくんだと思っていた矢先、TKちゃんが半身不随になってしまいました。 
 
それでも、「senior breath of wind 和」を、そのコンセプト『初心者も、ブランクの有る者も、演奏できる場を作りたい。』を守る為に、演奏者ではない事務方として、ずっと代表として有り続けてくれました。 
その仕事は多義にわたり、その仕事は裏方だからこそ目立たずに、黙ってこなして来たTYちゃん。私は尊敬の念を抱きました。そして、彼女の支えになりたいといつのまにか応援団長になっていました。 
 
弱小吹奏楽団には、色々な悩みが有りました。当然、演奏者が少ないこと。そして指揮のなりてがいないこと。それでも、彼女は、一人前の楽団のようなモチベーションとプライドを持って、団の運営をしていました。 
YUちゃんは、TKちゃんを練習会場への送り迎えを、早朝出勤、帰宅は深夜に及ぶ激務の中、文句も言わずやってくれているうちに、パーカッションとして、「senior breath of wind 和」に入団していました。 
 
TKちゃんは、「応援したい。手伝いたい。」と思わせる魅力のある人でした。その姿勢は、「粘り強く、みんなに納得してもらう。共感してもらう」ものでした。感情的には絶対にならないのです。リーダーとしての才能のある人でした。 
MCとして、年に1、2回ほどのかかわりの中、指揮のいない和の状態を知ってしまうと、思わず言ってしまいました。「私、指揮やろうか?」と。顔をくしゃりとさせて、ぱぁーと笑顔になって「ありがとう」と言ってTKちゃんが泣いたのです。まさか、指揮者になって、その1年後、TKちゃんに、病気であることを打ち明けられるとは思いませんでした。 
「いないよりまし」と開き直って指揮者になったつもりでも、思い悩むことも多く、彼女の休団は、迷子になってしまったような心細さでした。 
 
病と闘う事だけでも、大変だったはずです。初めは辞めたいと言ったのです。それを、残ってほしいとお願いしました。彼女に代わる人はいないのです。そして、「senior breath of wind 和」が、少しでも、心の支えになってくれるのではと、浅はかにも思ってしまったのです。TKちゃんにとって、2007年4月から、ずっと大切に守って来た宝物だったからです。 
 
YUちゃんからしたら、「自分との時間を優先してほしい」と思っていたはずです。 
迷惑だったかもしれません。YUちゃんと、代表を辞めるかどうかで喧嘩になったと聞きました。本気で喧嘩して、最後はYUちゃんが折れて、「TKがやりたい事が、和の事なら、何処までも付き合ってやるから」と、まで言わせたのは、TKちゃんの「senior breath of wind 和」への思いの深さだったのでしょう。 
YUちゃんは、TKちゃんが大好きなのです。可愛くて、可愛くて、プライベートで会っていると、その眼がとろけそうに甘いのです。 
そんなYUちゃんとTKちゃんの時間を奪ってしまったのかもしれません。 
YUちゃん、ごめんなさい。 
それでも、TKちゃんは前を向きました。こよなく大事にして来た「senior breath of wind 和」の事を投げ出したくなかったのです。それは、最後の時まで続きました。 
 
 
昨年9月に、前もってスタッフへの相談として、今年(2024年)音楽会をしたいとの打診が有りました。やろうとなりましたが、自分から団員に直接伝えたいと言っていたので、KZさんも私たちも、TKちゃんの体調が良くなる事を心待ちにして来ました。 
TKちゃんは、音楽会が、「senior breath of wind 和」の益々の活況を生むのではと、考えていたのです。そして、自分が居なくなった未来の「senior breath of wind 和」を団員たちに託したかったのです。 
 
 
昨年末、入院したその病床からの電話でも、音楽会のことを話していました。 
「私、頑張るね。」 
 
 
この4年近く、体調の変化に、一緒に泣いて、一緒に笑って、時には叱り、いたわり、励まし、コロナ禍の中、会えない時期が長くなっても、毎日のように会っているかと錯覚を覚えるほど繋がっていたLINE。その内容は、病の事、そして、なにげない日常の話の他は、「senior breath of wind 和」のことでした。彼女とのお別れに向かう車中で、彼女とのLINEを読み返してみると、涙が止まりませんでした。なんてことを頼んでしまったのかと……。 
TKちゃんとYUちゃんの、その病との戦いは一言では語り尽くせません。TKちゃんの病との真摯な向き合い方に、畏怖の念すら覚えました。凄い人たちです。 
 
 
実は、療養中なのに、TKちゃんと「senior breath of wind 和」のことで、本気で喧嘩をしました。「これ以上一緒にいたら、もっと感情的になってしまい冷静な判断が出来ないから、今日はここで止めよう」と私は言って、中断して別れたのですが、後日、彼女が言うのです。私と別れた後、「『あー楽しかった』と独り言が口をついて、フフっと笑っていたの」と。私も、この歳になって本気で喧嘩が出来る人と出会えたんだなと嬉しくなりました。喧嘩をしても、会わなくなる選択は有りませんでしたよ。二人とも。 
その時それぞれの夫たちは、お口にチャックでしたね。そう言えば(笑) 
 
 
素敵な人でした。 
尊敬できる人でした。 
ただただ、好きでした。 
 
 
 
17年間、『初心者も、ブランクの有る者も、演奏できる場を作りたい。』のコンセプトを貫いて、「senior breath of wind 和」を守って来てくれたTKちゃんに、心より感謝の念を送ります。そして、哀悼の心を捧げます。  合掌 
  

 

 
  2023. 6. 14. Wed
      ありがとう
  
 6月11日は、総会でした。 
 
 代表のTKちゃんと副代表のKZさん、お二人は4月ごろから議案等を話し合ってこの日の準備を始めていました。 
 小さな団ですが、なあなあにしないで、団の情報を開示していくことに手を抜かない姿勢に、私のようなノー天気な人間には、「尊敬の念」しかありません。とても良い総会になったと思いました。TKちゃん、KZさん、ご苦労様でした。そして、ありがとうございました。 
 
 折角ですので、和の総会って?と思われた方の為に、少し議案のことに触れますね。 
 
 『団のコンセプトの確認』 
   (初心者も、ブランクのある人も、楽しく演奏できる環境でありたい) 
 『来年の練習場確保をどうするか』 
   (団員が協力し合って、練習場所を確保しよう) 
 『会計報告』 
   (わかりやすく表示してある昨年度の会計、そして今年度の予算) 
 『秋の音楽祭・12月の慰問を目標にやっていくこと』 
   (練習を意欲的に頑張りましょう) 
 『そのためには、早く練習する曲目を決定する』 
   (日立の樹も含めて) 
 
 などなど、団を運営していくための苦労の一端を、団員(私も含めて)に知ってもらえたのではと思いました。 
 
 
 
 さてさて、上記でも書きました「日立の樹」 
 日立の樹?  「この木、なんの木、気になる木〜」そうです!皆さんご存知のあの歌。 
 この曲を演奏してみたいと思いまして、探したのが四部合唱の楽譜。 
 一人でも、主旋律を追えば演奏できる。二人なら、二部合奏。三人四人と増えれば、完成形になって行きます。一人ひとりが、どの旋律も演奏できるようになれば、出席者が少なくても合奏を楽しんで練習を終えることが出来るのではと思ったのです。 
 そう、簡単に考えてしまったのです! 
 実際に、練習してもらうためには「移調」が必要で、出席していた団員は、「絶句」してました。「あーでもない。こうでもない。」と苦戦しつつも、最後には演奏にこぎつけましたが、文句も言わず快く演奏しようとしてくれた団員に、感謝。 
 その後、KZさんが各パートの移調した楽譜を作ってくれて、グループLINEにアップ。そうすると、「#、減らすように移調してみます」とKTさん。その楽譜を直ぐに見てくれた団員達。「1オクターブ下げて!」「1オクターブ上げて」などなど皆が声を上げたことを快く受けて、直ぐに楽譜を修正してくれるKZさん。「SNちゃん、ドラムの譜面は無いので、作って!」「判りました! やってみます!」即答でした(笑) 
 なんだか、うれしくなってきました。みんなと音楽を作る楽しさを共有できたように感じたのです。 
 
 無我夢中で、指揮者をやってきて余裕のないままの4年でしたが、これからはもっともっと団員の皆さんに頼って甘えて、もう少し頑張って行こうと思いました。 
 
 皆さん、よろしくお願いします。 
 
 
 
 
 そして、もう一つ「甘えた」こと。 
 総会の日、娘の子供たち8歳・4歳・1歳3人を連れての出席でした。以前より皆さんにはお伝えしていましたが、当日、皆さんの温かい眼差しにほっとしました。実際に孫たちに声をかけてくれたり、あやしてくれたり、遊んでくれたりする団員。感謝!感謝! 
 
 「和」の団員のやさしさに助けられて、無事、総会も練習も、終えることが出来ました。温かい雰囲気が、「和」の力。なのだなと、こちらもうれしくなりました。 
 
 
 
 イレギュラーな子供たちを抱えての総会・練習を終えてほっとしての帰り道、車の中で、8歳の孫が言いました。 
「今日は、和の練習に連れて行ってくれて、ありがとう。すごくたのしかった!」 
 
 団員のみなさん、本当にありがとうございました。 
  

 

 
  2022. 10. 31. Mon
      さいたま市民音楽祭
  
2022年10月30日 
南浦和のさいたま市文化センターで開催された、さいたま市民音楽祭に我が楽団の精鋭出演。 
その時の私の心模様をここに記す。 
 
私を鬱の闇から救い出してくれた高橋真梨子さんの名曲「ランナー」、私をフィーチャする形でこれを取り上げてくれた楽団の面々。 
その配慮に応える為には、失敗は許されないとの思いがいつもより強い。 
滅多のことで、上がったりはしない私だが、本日はいつもよりも緊張気味か? 
会場を見渡せば、下手後方には以前の職場の同僚の顔、上手前方には楽団の代表 
と、事情により今回出演のできなかった仲間の顔が見える。 
大丈夫、どうやらあがってはいないようである。 
 
やや緊張の面持ちの指揮者登場、演奏開始、堂々の指揮ぶりである。 
前奏の後、私の出番、やばい出だしの音が当たらず、少し外した。 
数小節後の低音もかすった。やばいぞ。 
こうなったら細かななことは考えず、トランペットを鳴らすことに集中しよう。 
唇を振動させ、トランペットに歌ってもらおう。 
以後、音だけはしっかりと出せることができた。 
 
この曲終了、3か所ほどミスったので、マイナス15点、音がよくでたので 
プラス5点、合計90点。自分としては合格点である。 
2曲目のジョイフルハーツ。ほっとしたのか、いつも間違うことの多い、 
最終行でやはり間違う。だめ70点 
 
普段の練習でできたベストが本番で再現できたら100点満点、しかし先ずそれは無い。アマは必ずどこか間違う、ほかでカバーし85点なら合格。 
甘いかもしれないがこれが私の考え方であり、上がらずに演奏を楽しむ術である。 
数年前に比べ体力低下、長時間の練習をすると翌日に疲れが残る。 
62才でトランペットを始め70才を目標にしてきたが、それをすぎること6年 
こうなったら後4年、80才を目標に頑張ろうか? 
仲間への迷惑を顧みず。 
 
トランペット/かず
  

 

 
  2022. 6. 22. Wed
      小さな団の人的パワーが凄い!
  
小さな団として、また、万年若葉マークが外せない指揮者の団として、何ができるかと試みたいこととして挙げたのが、小編成の為の易しい楽曲でした。そんなこと当然のように思われる方々もいらっしゃるでしょうが、そこそこの人数でやってまいりました我が団には、そこそこの人数の為の楽譜しかありません。代表T.ちゃんの努力の賜物で、たくさん素敵な楽譜が有ります。それが近年「猫に小判」状態なのです。そして魅力的なその楽曲たちにちょっと未練が残ってしまっていたのですよね。ついついスペシャルサンクスの皆様に頼って、ここまでやってきてしまいました。 
 でも、そんなことも言ってられません。なんとか小編成楽曲を調達しなければと頭で思うだけの私。 
 
ところが、その話をするとすぐに、YKさんが譜面を探して持参してくれました。なんという速さ!。1曲だけではありません。凄い! これぞ、人的パワーその1 
 
そうすると、あのネット関係のプロSちゃんが、それぞれの曲の演奏をLINEにアップしてくれました。すぐに演奏を聴くことが出来ました。これぞ、人的パワーその2 
 
ただ、残念なことに総譜は有りませんでした。でも、見やすいようなパート譜とともに総譜をPCで作ってくれたKTさん。こちらも、フットワークが軽い!。何でもない事の様に飄々と、手渡してくれるのです。これぞ、人的パワーその3 
 
そんな小編成の楽曲でも、やはり足りないパートも有ります。そこを人的パワーの演奏編。トランペット奏者のHくんが、テナーサックスパートをいともたやすく初見で演奏。トロンボーン奏者のTKさんは、ユーホやチューバのパートまで、その時必要と思われるパートに切り替えて演奏してくれます。これぞ、人的パワーその4です。 
 
 そんな人たちに支えられて、小編成楽曲の演奏が始まりました。 
 小編成の良い所は、参加できない人のパートを補い合って、参加した団員だけでも、そこそこの合奏を楽しめることです。それを実現できました。これで、毎回、合奏になります。みんな、ありがとう! 
 
 実は、それに加えて、現在、高橋真梨子さんの「ランナー」と言う曲を演奏しています。素敵な歌です。ずっと頑張って事務方も、団員への心配りもやって来てくださっているKさん(当然、人的パワー!その5)への「リスペクト」心ばかりの贈り物ではありますが、Kさんの大好きな曲を皆で演奏したいと、TKさんにお願いして、編曲してもらったのです。この曲は、今年の市民音楽祭の候補曲です。 
 わがままを聞いてくれたTKさん、ありがとうございます。昨年は、「‘64東京オリンピック ファンファーレ」も編曲してもらいました。この2曲は、これからも演奏し続けたいですね。 
 
 人的パワー!を語ってきましたが、ちょっと暗雲が。 
“初心者の為の”と書いてあるはずの譜面ですが、「本当か!?」と、思わずつぶやいておりますのは、当楽団の指揮者 私です。だって、メドレーの曲でもないのに、曲の途中で、2拍子から4拍子へ、そして3拍子、2拍子、4拍子と変わっていくのですよ! 
アラ還の私は、頭では「はい、4拍子!」と理解しても、指揮棒を持つ右腕は、そうは問屋が卸さない。「車は急に止まれない!」ならぬ「腕は急に拍子を変えられない!」なのですよ(泣) ごめんなさい。 
それでも、団員さんたちは優しいのです。笑って許してくれます。これぞ、人的パワーその6。 
 
もう少し、時間をください。何とか、頑張りますので………ハァー…。 
団員の皆さん、いつもいつも、ありがとうございます。 
これからも、どうぞよろしくお願いします。 
 
 
応援団長こと指揮者KY 
 
  

 

 
  2022. 6. 21. Tue
      久々の総会♡
  
 コロナ禍と言うことで、略式な形をとっておりました総会を、今年は和やかな中、開催することが出来ました。これからの団の成長のための話し合いができたように思います。 
 
 HPを今後どうするか、これからはSNSを使用するほうが良いのではの話が出まして、そう言った方面のスペシャリストSちゃんが説明してくれますが、約半分の団員は、頭に「?」が付いているばかりで、発言が出来ません(笑) (当然、私もこちら側) 
 とにかく「団員募集」が大切な目標ですので、Sちゃんにお任せすること、そしてKさん・T.ちゃんが意見を出し合ってくれることで、解決となりました。 
 総会直後の、団員のグループLINEには、さっそく仮のHPが作成されたお知らせ。それを使用してみての感想、試験運用等の経過がアップされると言う、早業! 
 今後が、楽しみです。 Sちゃん、ありがとう。 
  
 そして、病気療養で休団していた代表T.ちゃんが、帰って来てくれました。感無量です。 
 2019年4月に、指揮者不在を憂いていたT.ちゃんに、小さな声で「私、四拍子を振るぐらいならやろうか………どうかな?」思わず言ってしまった私に、泣いて喜んでくれたT.ちゃん。そこには「T.ちゃんが、私の横にいつもいてくれて、音楽性に対して意見を言ってくれること」の但し書き付きでした。私にとって、T.ちゃんが支えだったのです。 
 その後、介護施設や市民音楽祭での演奏のお話は、以前のブログにも書きました通り、素晴らしい思い出となっておりますが、指揮者としての至らなさは、トラウマの霧の中。暗中模索。T.ちゃんが帰って来てくれることを、心の支えにしてこの2年間を乗り切ってきたように思います。 
 
 総会で、皆に休団中の病気の説明をしてくれました。淡々と話す内容には、頭が下がる思いです。病気との戦いは、精神的な戦いでもあるもんね。前回練習に参加して「楽しかった」と言ってくれたことは、うれしくてなりません。音楽には、きっと心を癒す「力」が有るはずです。皆で、素敵な時間にしていきましょうね。 
 練習でのアドバイスは、皆にとっても、私にとっても、本当に良かったと、心から安心しました。 
 帰って来てくれて、本当にありがとう。 
 T.ちゃん、おかえりなさい。 
 
 そして、パートナーのYちゃん、貴方の献身的姿に感動してます。あまりLINEをしないはずの貴方が、心配する私の為に返信してくれたことで、T.ちゃんの様子を知ることが出来ました。T.ちゃんと一緒に復帰してくれたこと、感謝します。ありがとう。 
 Yちゃん おかえりなさい。 
 
 
 2020年の1月、新型コロナの嵐の中、参加予定の市民音楽祭が中止になり、その後の練習も思うように出来なくなって、介護施設へお邪魔しての演奏も楽しみにしておりましたが、それも出来なくなっている中、市民音楽祭は、2020年11月、2021年10月と開催され、小さな楽団の希望の灯火の様になっておりました。 
 誰も経験したことのない、未曽有の出来事(コロナ禍)への対処は、副代表Kさんの大局からの判断が有ったからこそと、感謝しかありません。 
 事務的なことも、団員達に対する精神的な心配りも、代表不在の中、すべて補ってくれた副代表Kさん、ありがとうございました。そして、これからも、どうぞよろしくお願いします。 
  
 総会後、皆で合奏しましたが、何か、今までよりも音が輝いていたような………気がします。皆さん、楽しんでいきましょうね。 
 
 そして、これをご覧の皆様、「シニアブレスオブウィンドウ和」に入団して、一緒に合奏を楽しみましょう。入団、お待ちしております。 
 
応援団長こと指揮者KY 
  

 

 
  2021. 12. 11. Sat
      今年を振返って
  
遂に12月、先週日曜日の5日が今年最後の練習日であった。 
世界中が新型コロナに翻弄される中、当然のことながら、我が楽団もまた 
コロナに翻弄された1年であった。 
市民音楽祭を10月31日に開催するとの発表がなされたのが7月下旬、 
楽団の練習を休んでいる最中。 
素人判断で、10月末までにはコロナ感染は峠を越すだろうとは予想 
したものの、参加するにも練習ができない。 
生活がかかっているわけでもない趣味で行う楽団の活動であり、 
断念するのが賢明であることは分かっているもののそれも残念。 
皆で相談の結果、やはり参加しようと結論(但し、参加するしないは 
個人の判断)。9月、10月に最低限の練習を行い10月31日に 
無事参加、演奏することができた。 
練習時には、トランペット、トロンボーン等飛沫の飛ぶ楽器のベルには 
マスクを装着、フルートも口元にフルート用のマスクを装着した。 
演奏時以外は、全員マスク、30分毎に換気実施等々考え得る限りの 
感染対策の効果なのか、感染者がでることなく、今年の活動を終える 
ことができた。 
感染対策の効果というよりも、練習に参加した楽団員各々が、日常の 
生活において細心の注意を払い、感染防止に努め、練習会場にウイルスを 
持ち込まなかったことが最大の要因ではなかったかとも考えられ、 
ある意味ラッキーだったとも考えられる。 
一方、今年もよくコンサートに参加した友人によれば、クラシックは 
もちろん、アイドルのコンサートでも感染対策が厳重になされており、 
個々人がこれを守れば、そうそう感染するものではないとしており 
それもそうかとも思う次第。 
何が正解なのかは判断できないが、オミクロン株が侵入してきており 
来年もまた悩みそうである。 
専門家の知見を頼りに細々でも活動できるよう皆で知恵を絞りたい。 
 
 
後期高齢者/トランペット/かず
  

 

 
  2021. 1. 1. Fri
      今年もよろしくお願いします。
  
あけましておめでとうございます。 
昨年は、人生において、大きく価値観を問われた一年でした。 
コロナ禍の中、 
自分は、何を大切にしているのか? 
何を優先するべきなのか? 
その中で、音楽が、どれだけ深く自分に関わっているのかを、改めて教えてもらったように思います。 
そして、一人では何もできませんが、団員の皆と「音を、曲を作っていく楽しさ」を幸せだと感謝しました。 
 
昨年の市民音楽祭の後の、充実した満足感。「やっぱり、音楽は良いな。みんなで演奏するのは楽しいな」と、感じたことを忘れずに、なかなか練習できない現状で、練習再開の目標としている3月を待っていてください。 
 
 
 
そして、とても、悲しいお知らせです。 
たくさん、たくさん、お世話になった、Dさんが、天に召されました。 
 
和に、指揮者が居なくなって途方に暮れていた時に、ご縁があって、どれだけ救われたことでしょう。お陰様でたくさんの演奏する機会を、いただきました。 
慰問に、ご一緒したこと。 
市民音楽祭に、出場したこと。 
渋谷のライブハウスで、演奏出来たこと。 
Dさんとの思い出話は尽きません。 
 
Dさんだからこそ、プロのミュージシャンなのにも関わらず、「和」のような拙い吹奏楽団を可愛がってくださったのだと思います。 
 
本当に、本当に、ありがとうございました。 
 
合掌 
 
 
Dさんは、音楽の楽しさも、合奏の楽しさも、体現したような方でした。 
ニコニコと太鼓をたたきながら、団員たちをその世界に誘ってくれました。 
この先、私たちが、楽しく演奏することを、きっと喜んでくれるはずです。 
みんな、新しい曲への挑戦の始まりに、胸を高鳴らせましょう。 
 
今年もよろしくお願いします。 
 
 
 
 
 
応援団長こと指揮 きよちゃん 
 
 
 
  


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