OKADA DESIGN WORLD DIARY

OKADA DESIGN WORLD へようこそ! ここはダイアリーというより<独り言><お知らせ>を兼ねております。趣味の写真や車談義、パソコン系やオーディオ。そしてサウンド・ビジネスから政局論争。友人との雑談で考えた事や閃きを書きとめています。目からウロコの雑学として読んでいただければ嬉しく思います。2003年から構築して来ましたので資料としても膨大な量になりました。お時間が許す限り、ごゆっくりと閲覧ください!

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2021. 6. 04. Fri フィルムカメラ復活!
2021. 5. 29. Sat デジタル技術でも写真は?
2021. 5. 25. Tue デジタル技術は負の遺産!
2021. 5. 19. Wed 働き方改革は会社が取り組む事でしょ?
2021. 5. 16. Sun 壮大な話・・ 人類は???
2021. 5. 14. Fri メモリアル・いわき在住編
2021. 5. 13. Thu ネイティブ・センス
2021. 5. 10. Mon 世の中に偶然はない・・必然の連鎖である!
2021. 5. 08. Sat 私のクルマ好きのルーツが判明しました!
2021. 5. 05. Wed 人生の「夢」を一緒に語っていた・・

 

2021. 6. 4. Fri
      フィルムカメラ復活!

『CONTAX N1 』はフルオート撮影が可能な一眼レフカメラとして2000年に鳴り物入りで登場しました。私も発表された頃のカタログを持っていました。CONTAX のユーザーでしたので、新しいの欲しいな〜〜と憧れのカメラでした! N1 はデジタルへの移行も視野に入れた基本設計でした。しかし時代は既に遅くデジタルカメラの波が一気に押し寄せたのです。既に各社がデジタル一眼レフを販売していました。そうなると今更フィルムカメラを20万円も出して買えないよな〜 
 
そして CONTAX が2002年に出した「 N-Digital 」は N1 のボディを流用したフルデジタル設計。600万画素のCCDを組み込み販売されました。が・・80万円と余りにも高額で誰も手を出さなかったのです。他社のデジタル一眼レフが600〜1000万画素で価格は20〜40万でした。幾らツワイスレンズが使える唯一のデジタル一眼レフとしても一般には高額過ぎたのです。結局、販売実績達成すら出来ないまま、CONTAX とタイアップしていた日本のメーカー:京セラは撤退。コンタックス「Nシリーズ」も全て販売終了に至りました。 
 
これは推測ですが・・ ドイツ CONTAX 社はライセンス料の取り過ぎでしょう。一台辺りのマージンを50%以上徴収していたと考えます。つまり80万円の定価を設定した時点で法外。そもそもデジタル一眼レフカメラの原価は4〜5万円が妥当です。製造原価4万円として代理店に卸す金額が16〜20万円、実際の販売価格は32万円かな〜・・ その計算で考えても販売代理店に36〜40万円で卸す時点で代理店も大量には買えない! メーカーから安く大量に買えなければ、市場に値引きして売れません。CONTAX 社は一台辺りのマージンを40万円に設定した・・ ドイツ人ならその位の商売を平気でします。これは業務用機器の事例で考察ね! はい・・キナ臭い話は終わり・・ 
 
 
N1 はフィルムカメラですが 「プログラムオート」を選択すればシャッター押すだけで撮れるのです! 今現在のカメラとほとんど変わりません。20年前はどれだけ画期的なカメラだったか!? 要するに早過ぎたテクノロジーだったのです。とにかくフィルムだからと怖がる必要は全くありません。もちろんデジタルでは無いので撮影後のプレビューは出来ませんが、N1 のオプションに「電子ビュー・ファインダー: 
FE1」があり、撮影時に露出やシャッター速度の可変に対して、リニアに変化する画像で確認可能な「モニター式フィルムカメラ」だったのです! これは私が子供の頃に夢を抱きまして・・ 撮影する前にどんな写真か確認出来るモニターカメラはないの?と、地元のカメラ屋さんを困らせた記憶があるのです。(★小学生の頃) ですから N1 のカタログを見て「おぉ〜! やっと夢が実現した!」と憧れたものです。 
 
とにかく・・ フィルムカメラは「ノリ」と「勢い」に任せます。フィルム1本で36枚撮れますから、もし不安だったら露出やシャッター速度など設定を変えて何枚も撮ればイイ訳です。N1 にはフォーカスを前後に少しだけズラした3枚の写真を自動で撮れる設定もあります。うーーん・・最新デジカメにもない機能です! 
 
写真で失敗する一番の原因は? フィルム&デジタル関係なく『手振れ』なのです。シャッター速度が速くてもカメラが動けば写真はブレて失敗します。最近のデジタルカメラは本体やレンズ内にブレを補正する機能が内蔵されています。「5軸補正」が本体に内蔵され、どんなスタイルで撮影しても写真のブレを最小限にしてくれます。まあ、、そういう便利機能が一切ないカメラは両手でシッカリとホールドする事。出来れば三脚を使って撮影しましょう。そして静かにシャッターを切る! これがフィルム写真撮影の基本。 
 
実は、フィルム写真の難しさには理由があります。それが「高解像度」。35mm フィルムをデジタルセンサーに置き換えると約3600万画素に相当します。カメラ性能が上がるにつれ、ブレ補正機能がどんどん進化した理由もこの高解像度化が起因します。画像解像度が高いとほんの僅かなブレでも失敗写真に見えてしまうのです。 
 
例えば・・野球ボールとパチンコ玉の差と言えば分かると思います。野球のボールが10個真っ直ぐに並んでいるとします。多少ズレていても真っ直ぐに感じます。しかしパチンコ玉だったらグニャグニャに見えてしまいます。高繊細になればなるほど、僅かなズレや画像の抜けが気になってしまう・・人間の性ね。 要するに最新デジタル一眼やミラーレスカメラが、やっとフィルムの持つ高繊細・高画質画像に追い付いて来たのです!! やはり文明の進化って20年スパンかな〜と思っています。 
 
あと・・ これは私個人の意見ですが・・ ブレたりぼかした写真を「アート作品」として公開するのはプロ写真家だけの特権ですよ。アマチュアさんの作品はどんなにカメラやレンズが高級品でも認められないから止めましょう! フィルム(メモリー)の無駄!! ま、、一人で楽しむなら・・どうぞご自由に! 
 
       *        *        * 
 
もう一台・・・ コンパクトな 35mm フィルムカメラ『 Rollei 35TE 』。1967年から販売されているドイツ製コンパクトカメラです。様々なモデルが販売されていますが、35TE は露出計が内蔵されシャッター速度・露出・フィルム感度の設定を元に赤と緑のLEDがファインダー内部に光ります。緑になれば最適な設定となる訳です。アナログメーターが LED に変わっただけですが、それ以外は全てマニュアルのメカカメラです。本体も鋼鉄製でシッカリしています。シャッターは伝統のメーカー「コンパー」製。露出計もドイツの一流メーカー「ゴッセン」製が搭載されています。そしてレンズはドイツの名門カールツワイス製:テッサーが装着されています。このレンズは「鷹の目テッサー」と呼ばれシャープな解像力が魅力のレンズです。コンパクトなオールドカメラですが、実はクリアで解像度の高い写真が撮れるのです。本体はマレーシアで製造組立されたモデルなので比較的安価。実はドイツ製造品は高額ですが造りが古いのでコレクターアイテム! 防湿庫に飾って自慢する人は何倍もするドイツ製を買うようです....苦笑 
 
大きさはスマフォやカセットテープと同じなので手に馴染むカメラとして、未だに愛用者が多いのです。若い方(カメラ女子)がオシャレ感覚で持ち歩く人が増えているらしく価格も高騰しています。20年前は中古が数千円から数万だったのですが、昨今は安い品でも3万円以上! 美品は7〜9万円、新品級のデッドストックになると20万円もします!?  ヾ(・ε・。) オイオイ…新品より高くない?と思いますが、現在は製造されていないカメラなのでプレミヤです。まあ、、何が流行るか分かりませんね〜・・ 買うなら早い方が・・・  
 
 

2021. 5. 29. Sat
      デジタル技術でも写真は?

『 SIGMA dp1 Quattro 』はこんなフォルムのカメラ。 
 
SIGMA の撮像センサーに関する技術解説はこのページが一番分かりやすいです。 
https://www.jps.gr.jp/foveon/ 
 
dp1 Quattro はカメラに見えない変わったデザインですが、シグマは他とは違うんだぜ!という「会津魂」を感じます。メイド イン ジャパンの拘りでもありましょう。カメラ業界のオープン・スポーツカーと言えば雰囲気が判っていただけると思います! とにかく全てに他社製デジタルカメラとは次元が違います。 
 
私の親父の趣味もカメラでした。私が赤ん坊の写真が何十枚も残っています。色が褪せてますが3歳時のカラー写真までありました! 昭和30年頃にカラー写真って・超・特別なアイテムだったと想像します。自分のルーツを辿る必要もなく親父の DNA が影響しているのは紛れのない事実ですわ・・・ 
 
 
さて、話を少し変えますが・・・  デジタル音声変換は負の遺産と別スレッドで書いていますが、画像に関しては相当高次元のレベルまで進化しています。動画業界は既に4Kが標準であり、撮影は8Kが基本です。8K画質はもう肉眼の解像度を遥かに超えていますので技術的な部分では問題ない筈・・ 音声変換もハイレゾと呼ぶ 24bit / 192KHz という超高繊細な世界に進化しましたが、プロの音響家の感性から図ると未だ発展途上です。 
 
もし映像業界のプロの方に聞いたら・・ 8Kでも未だまだだよ・・という意見が出て来ます。ただ仕事の場合は世界標準や業界基準をベースに扱うので、画像解像度は大した問題ではなく、やはり作品としての「出来栄え」に重点が置かれて当然です。これは音声も全く同じ!! 今後16Kとか32K画像が出て来たとしても、何を写すの? アクターの品格は? 衣装や美術品の精度は? という話になります。音声もアナログに近い凄い技法が確立しても、演奏家がミステイクをすれば終わりですし、アクターの声が掠れてしまえば録り直しに至ります。高繊細になればなるほど・・ 比例して「音源の品格」が求められてしまう・・ 負の連鎖に至ります。 
 
 
撮像センサーの話に戻りますが・・・  2021年になりどの会社も景気低迷が続いているのは仕方ない状況ですが、シグマもフルサイズ・FOVEON センサーの開発を一から見直すというインフォメーション動画をアップしました。これは色んな意味が隠れています。カメラ会社として更なる高性能を目指し開発の見直しを決断・・ これは表向きな話でしょう。実際は研究開発に必要な経費が確保されていないと推測します。収入が減ってしまえば大きな会社内でも様々な意見が出ます。先ずは社員・従業員の生活優先となれば、アドバンスな研究費はカットされて当然です。会社が消えてからでは遅いのです。何処だって無い袖は振れません! 
 
FOVEON センサーは元々は米国企業が開発した撮像素子。それをシグマが買収したことで自社製品に反映させ独占的に販売して来ました。開発した米国メーカーとすれば親会社の言い分は判るけど、当初より販売数が横這い状況となれば・・話が違うじゃん!となりましょう。そんな状況下でコロナ禍にハマったこの一年間をどう捉えたか? もしフルサイズセンサーの開発という段階になったとしても、当初の営業計画と違う収益では開発側も笑顔にはなりません・・ 新型センサー? 冗談じゃない!となるのが普通です。 
 
もう一つは世の中の流れ・・ 既にソニーは『1億画素センサー』を各社へOEM提供しています。真っ先に商品化したのがハッセルブラッド社でした。まあ、、業務用写真機専門メーカーですから資金も豊富・・製品化のレベルが違います。とにかく対抗するには最低でも1億画素が必要になったのです。シグマが開発途中でリセットしたセンサーが 2000 X 3 層の 6000万画素でした。画質はともかく数値的には足りません! もし販売しても決定打にならないと売れ行きも想像出来ます。フジフィルムも1億画素センサー搭載のミラーレスカメラを販売しました。こうなったら 4000 X 3 層=1億2千万画素でないと世界は驚かないでしょうね。開発を頓挫したセンサーの2倍の密度で再設計しないとならない訳です。こりゃ〜厳しい! 
 
因みに・・ 1億画素のファイルサイズは約20M~30MBですが・・ カメラの画質を Super FINEにすると倍の約50MB。そして非圧縮のRAWで記録すると約200MB。もう写真一枚のデータ量とは思えない。写真10枚で2GBですよ!? データ転送速度とか考慮したら実用的ではありません。趣味の写真で楽しむなら「 dp Quattro 」の 2900万画素でも大き過ぎる位です。ネット上で写真を公開することが主目的とすれば高画素数の必要はないのです! 
 
それと、シグマのカメラは決して難しくはありません。プログラムオート撮影で充分に美しい写真が撮れます。JPEG画像ならそのままパソコンで直ぐに使えます。もちろん RAW データを専用画像ソフトで編集すれば、更に奥深い多彩な写真に仕上げることが可能という意味でメーカーは RAW を推奨している訳ですが、私も滅多に使いません。JPEG データを Mac の写真ソフトで編集していますが、充分な機能ですので全く不足はありません。 
 
最後に・・ これは・超・個人的意見だけど・・ もし SIGMA の方が読んでくれたらいいな!と思って書きました。爺いの戯言なので気軽に・・・ 
 
会社は・・ 株主の為に存在するとか、そういう経営理念が先に出てしまうと、必ずつまらん製品ばかりになるんです。あの大老舗メーカー NIKON が低迷したのもそこ! 老舗の奢りです! 技術のソニーも同じ! 確かに会社経営は基本だけど、その前に『素晴らしい製品』があった筈です! 何故か会社が大きくなるとその基本を忘れちゃう・・ 会社は経営手腕ではなく「製品」です!! 私だってシグマ社が好きでカメラを買った訳じゃないですよ。Foveon センサーに魅了されたから買ったのです。クリアなレンズ描写に惚れて買ったのです。一株幾ら?とか経営方針など・・どーでもいいのです。それがユーザーであり、そのユーザーが世界中に居るから会社も大きくなったのです。その初歩的な理念を忘れて欲しくないのです。 
 
そして・・ カメラは・・ 十数年で大口径レンズは必要なくなります!! 職人さんの匠の技術が全く活用されない時代が来ます。ですからシグマのような大きくない会社は(失敬・・)、そろそろレンズ部門を分離して、それだけで今後の経営が確立されるような取り組みをしてください。小型レンズの製造やメンテナンス業務は今後何十年も継続可能です。そしてエレクトロニクス部分の進化を鑑みた経営戦略にシフトしないと会社は潰れます!! 
 
カメラというアイテムが今とは全く違う製品になると提案します! 
 
先ずは人間が見えている「光」をレンズで収束するのではなく、画像センサーがダイレクトに全ての景観を取得して画像エンジンで写真として構築する仕組みです。既に大口径レンズのないカメラは完成されています。イメージとしては360度カメラ撮影のような感じ。バァーと撮影した後から好みの画角で写真として活用する時代は既に来ました。今後はそのクォリティを何万倍も高める必要があります。 
 
要するにセンサーを高解像化するのではなく、センサーの数と面積を増やして画像をデータ化する方法です。例えば、スマフォやタブレットを向けて撮影するスタイルだけど、撮像センサーが全面に配置されているようなカメラ・・ 今では考えられない超高解像。1億画素? そんなレベルじゃない技術です! 25万画素のデジカメが出た95年頃、誰が1億画素が普通になると想像しましたか? あれから25年経過しました。 今から25年後は想像を絶したカメラになって当然です! 私は生きていないけど・・・ 
 
次の段階は・・ 人間の視覚と同じ原理ではなく、超音波やレーザー光を使った「物体センサー」に置き変わります。未だ未だ発展途上で製品化は難しい段階ですが、そのテクノロジーが必ず一般化します。 え? これがカメラなの?? と誰もが驚くフォルムとスペックになります! 大手メーカーが製品化してからでは遅いんですよ。ここは『会津魂』で画期的なカメラを製品化してください!! どんなカメラかって? それをシグマの方々が研究して欲しいのです! 日本のカメラ会社なのだから・・・  (´・ω・`)ノ よろしく! 
 
     2021年6月9日:会津工場まで行って記念写真撮影!  
 
 

2021. 5. 25. Tue
      デジタル技術は負の遺産!

NAKAMICHI-700 「1973年販売」 
 
https://audio-heritage.jp/NAKAMICHI/Player/700.html 
 
アナログ・サウンドは『心地良い』のだけど、私はアナログ録音されたメディアの再生が可能だからです。これは過去に仕事や趣味で関わった音楽コンサートやライブをダイレクトに録音した記録メディアを持っているからです。アナログレコードを買うと、1回目はナカミチで録音しました。そしてレコードはケースに入れて聴くことは少なく・・ ほとんどカセットを聴いていました。そんな音楽メディアも今となっては貴重なアナログ音源なのです! 
 
大多数の方々のようにソース音源が既にデジタル録音メディアしか存在しないとなると話は違います。きっと実際に聴き比べてみないと私の言ってる心地良さは理解されないと考えます。ハイレゾだったら良いのか? 違うんです。周波数特性の広さやダイナミックレンジではないのです。答えは『音密度』。小さな音から大きな音まで連続して繋がっているのがアナログサウンドです。そして逆にダイナミックレンジが広くないカセットだからこそ味わえる密度の濃さも関係します。 
 
デジタルはその音や音楽(音源)を全てブツ切りにして記録します。ダイナミックレンジや周波数特性は遥かにデジタルの方が優れています。しかもデジタル録音はノイズがありません! これだけは凄いと私も絶賛しています。でもそこだけ・・ 後はアナログの比ではないのです。もう無いモノ強請りの世界なのでアナログ派存続も時間の問題でしょう。 
 
息子世代になったら過去の遺物として扱われるだけでしょう・・ 残念だけど、それも事実です。もう既にアナログサウンドを体験した事がない世代が音楽業界を担っています。もう戻れません。 
(ノ_;)/~~ByBy アナログ・・・ 
 
 
言葉では説明が難しいのですが・・ 音や音楽は小さい音から大きな音まで連続していて途切れる事は一切ありません。ところがデジタルはその変換時に音を「データ量」として処理します。その量子化の処理は相当速いので人間の聴覚では聴き分けられないとされて来ました。ですから気のせいですーと言われそう・・ 
 
でも、今こうしてコメントを書きながら・・ 30数年前にアナログレコードをカセットに録音したカセットテープ「ゲーリーバートン&チックコリア」をナカミチ700で再生して聴いています。とにかく『音楽として心地良い』のです。ピアノの余韻が自然に消えていく感じや、ビブラホンのサスティーンの伸び・・ デュオのグルーブ感・・ 何故か音質とか音色が余り気にならないのです! 
 
私はプロの音響家でありオーディオマニアの一人です。職業病でもあり・・常に音量はもちろん音色や音質が気になってしまう筈なのに・・ 何故か気にならないで、ずーと聴いていられるのです。頼まれた原稿を書いたりこうしてコメントしていても音が気にならないのです。 
 
その要因が「音密度」ではないだろうか? 連続した音の流れと合奏の自然なグルーブ感が演奏家の息吹として感じられるのではないだろうか? スピーカーだとかアンプとか部屋の造りなど全く関係なく、ストレートに素直に音楽として聴けるんです。こんな不思議・・不可思議はアナログサウンドだけです。テイウカ・・ 昔は常にそうだったのです。ライブもコンサートもアナログ時代は音密度も最高だったのです!! 
 
音や音楽がデジタル信号に変換されると・・ 何故か音の流れが気になるというか耳に入って来た音で意識が思考が止まってしまうのです。音が気になるのです。音楽に馴染めなくなるんです。この違い・・判るかな〜?  ( ̄^ ̄ ; )ウーン 
 
    ★やはり実際に聴いていただかないと無理だよな〜 
 
一つだけ追記すると・・ デジタル技術が一般化した2004年頃から、音楽業界の進化というか普及率が徐々に低下しています。デジタル機器の普及とリンクして音楽産業自体も低迷しました。プロツールスという音楽制作ソフトの普及により音楽スタジオの経営すら危機に直面・・ 今現在残っているスタジオは数える程度です。誰がこんな衰退を予想したでしょう? CDの普及と逆カーブでアナログレコードが売れなくなり、今度はiPodの登場でCDすら売れなくなったのです。同時に音楽産業の形態も変わり演奏家は以前に比べ儲からなくなってしまった。こうして全世界がデジタルへ移行・・ アナログ機器製造メーカーの大多数が消えてしまい、製造技術の70%が東南アジアや中国へ吸収されました。 
 
デジタル技術により音楽がデジタル信号だけの存在となった・・ これが音楽文化の衰退を助長させたのです。演奏家が居なくても音源を重ね合わせることで音楽が完成する・・これは面白〜いと歓迎したのも束の間・・ 現実は自分たちの出番も消えた・・つまり演奏家が食えなくなってしまった要因も「デジタル技術の弊害」なのです。ここ10年でスタジオ録音がほとんど無くなり、演奏家はコンサートやライブハウス出演で生計を立てていたけど、2019年末からのコロナ禍でそれすらも消えてしまっています。もちろん演奏家の仕事がないのだから、音響・照明の技術者に仕事が来る筈がないです。ネット経由でライブ配信しても思うように収入も上がらない・・ もう泣きっ面に・黄色スズメ蜂・状態です!? 
 
こうして世の中の進化や歴史を辿ってみると・・ デジタル技術の登場により今までは不可能だった諸々が具現化された反面、大切な文化が様変わりしているのです。その一つが音楽です。舞台です。演芸です。舞台芸術とか幾ら進化しても、演奏家やアクターが舞台に居なければ何の役にも立ちません!! その根底を見失っています。 
 
 
さて、、、 私がコンサート業界に関わっていた1996年頃迄は、全ての公演に演奏家の存在がありました。その生身の演奏家が徐々に減っていったのです。 
 
最初に顔を見なくなったのがクラシック系の演奏家・・ 次に管楽器系・・ 伝統芸能の演奏家やダンサーさんも舞台で見なくなりました。そして歌手のバックを務める演奏家が数名になりました。しかし消えた演奏家の代わりに「音源再生」が増えたのです。デジタル音源の普及は演奏家の仕事を奪った訳です。 
 
80年代の演歌ツアーは演奏家と舞台スタッフ全てで40〜50名が動いていました。交通・宿泊・食費だけで数百万が1日で消えます。当然ながらその経費は地元の主催者が支払います。バブル景気がその規模を大きくしたのは事実です。そして集客が思うように出来なければ赤字になる・・ 但し、歌手の取り分だけは変わらない・・ 
 
地方の主催者は演奏家や舞台スタッフの人数を減らして欲しいと歌手の事務所に嘆願します。本来なら歌手一人で来て戴き、カラオケが一番儲かるからです。しかし当時の歌手事務所は勢いがありその要望では行かないと強気でした。 
 
しかし時代はカラオケが普及して歌手ではなくカラオケ音源が売れる時代になると・・今度は歌手の事務所も演奏家や舞台スタッフを減らして地方公演を請け負うようになったのです。緞帳が上がっても舞台に5〜6名しか居ない・・舞台美術で補う演出になっています。客席から観ると何とも情けない舞台です。でも音源だけは豪華!? 歌手はお客さんは自分の歌を聞きに来てくれているのだから問題ないと奢り・・それが自分らの首を絞めていたとも知らず・・ 数年後の舞台にその歌手は居ませんでした。 
 
音楽業界の一方では、冨田勲氏やYMOのように「創造した音源」を元に音楽を奏でる演奏法が確立されました。本来ならどちらも同レベルで反映する筈・・ でした。しかし現実は皆さんご存知のように生の楽器を演奏するスタイルが衰退を歩んでいます。 
 
  私が「デジタル技術が負の遺産」と述べたもう一つの理由! 
 
デジタル技術の普及により演奏家の音楽がデータ化されました。現在はそのデータだけが一人歩きしている訳です。アナログ時代はコピーすれば音が劣化するので然程問題にならなかった記録メディアですが、デジタル音源は幾らでも同じものがコピー可能です。最初はコピーガードとか施されましたが・・ それも十数年で無視されるようになりました。コピーガード・キャンセラーも出回りました。実は、これこそ配信する側の魔手だったのです。 
 
現在はコピーされた録音メディアだけが取引される無法地帯と同じです。演奏家の存在は名前だけになってしまい、その名前も大多数が消えています。一方でパソコンやAIの進化で創造すら機械に委託するに至りました。何と情けない進化でしょうか? 技術者は善と考え開発し推進していると考えますが、現実はどの業界も経費が優先され「データ」だけが勝手に取引されています。 
 
音楽を演奏したり作曲した演奏家が儲かる世界ではなく・・巧みに組織化された配信会社の独占場。ネット上で音楽著作権を主張する団体が大元締めでしょう・・作曲家や演奏家の保護という名目ですが・・実際は課金を強要し市場を独占しているのです。個人が趣味で作った動画のバックに、カーステレオの音楽が聞こえているだけで著作権を主張して来ます。使いたかったら金払え! 嫌なら動画は無音にしろ! 
 
道路を歩いていると突然黒服の集団に囲まれ『この道を進みたかったら通行料を支払え!」的な状態です! これはもう・・ヤクザと同じ商売です。  
 
 

2021. 5. 19. Wed
      働き方改革は会社が取り組む事でしょ?

私はこの場で過去の話を沢山しています。爺いの昔話に違いはありません! ですから長文はウザイ・・とスルーするのも自由。では何故・話をするのか? そこがポイントです。 
 
昔は良かった〜という話をしても参考にはなりません。時代が違うし基盤もズレています。ですから良かった〜ではなく「私はこうやった・・」と綴っています。それは現役の皆さんが現在の「ヒント」になれば?と書いています。ビジネスや生活向上の切っ掛けになればそれで充分とね! 
 
企業や会社が敗退する話を聞く度に・・何処で道を見失ったのかな〜と残念なんです。日本の音響機器メーカーは幾つも知っていました。会社や展示会でアドバンスな話を沢山しました。しかし年商数百億の大企業が一瞬で潰れる世の中になったのですから残酷な話ですよ・・ 会社の為に何十年も頑張って来た社員はもちろん契約・パート従業員の生活はどうなるの? これは会社経営者の責任だけでなく合法的犯罪です! 冗談じゃない! あの時に我々の意見を真摯に受け止め会社経営に取り込んでいれば・・と思う事もしばしば・・・ 
 
   ここで商売の話・・ 
 
私の実家は東京台東区谷中に在った日本蕎麦屋でした。昔は外食産業など欠片もなかった時代ですから、何か食べたい・・と思ったらデパートや食堂へ行くしかない。自宅で食べたい・お客さんをおもてなししたいとなれば「出前」を取るしかなかったのです。蕎麦屋は外食産業の頂点にありました。ですから私が幼少の頃は近所でも有名な御坊ちゃまでしたよ (( 笑 ))  まあ、、それだけ儲かっていたのです。 
原価数十円の小麦粉や蕎麦粉が数百円のソバとなって売れたのです。醤油や鰹節は一斗缶で数千円でした。それを全部出し汁に換算すれば数十万円分になったのです。その代わり朝10時から夜21時までお店をやっていました。出前の注文が来ると高さ1m以上の蒸籠を担いで運んでいました。出前は蕎麦職人の仕事でもありました。大晦日は徹夜で商売です。幼かった自分もお餅を焼いて職人さん達に配ったりしていました・・60年前の話・・・ 
 
さてさて、、、工業製品メーカーのように一から物を作って販売するのが一番儲けも大きいようです。例えば「定価500万円」の乗用車の原価は約50万円と言われます。鉄鉱石の粉砕・加工から考えるので単純に50万円か〜と溜息ついても解決しません。とにかく出来る限り安く作って対価に見合った販売価格で商売っする! 原価50万円としても、一台の製作に寄与する従業員・作業員・アルバイトまで加えたら500万円で売れても安い位ではないかな〜? 
 
  そこで、欧州のような働き方改革の話・・ 
 
イタリヤや英国のスーパーカーが数千万〜12億円という途方もない価格設定になっているのは、一台製作する為の原価も桁違いに高額な為です。シートを作る職人さんの給与が年間数千万・・シート1台が数百万です。ハンドルとブレーキを製品化するだけの会社の製造費が数千万・・ペダル一個が数百万! そんなパーツが数万個も組み上げるのですから一台2億〜12億のスポーツカーは普通でしょう。もちろん買う人が居るからメーカーも巨額を掛けて製作する訳です。世界で買う人は数千万〜12億のスポーツカーを一台ではなく何台も保有しているのです。サッカーのロナウドのように・・・ 
 
そういう特別な方々や富裕層向けの商売をすれば年収数千万は夢ではないと思うけど・・ 働き方の基準をレベルアップさせなければ先ず不可能です。誰でも買えるマニシングマシンを持っていても1個・数百万円のパーツは作れません。オンリーワンでないと安い普及品に負けてしまいます。英国に存在する長い文化と歴史が一個数百万のパーツになる。 私ですら・・世界初のアイディアを幾つも考案しています。ただそれを商売するには全く別のスキルと資金がないと難しい時代でした。でもその「時代」が大きく変わったのです。 
 
ネットを介して個人が販売出来る時代です。それをもっと活用しないのは損だな〜と思うのです。世界をアッと言わせるような画期的な製品を創る・・ 誰もが思い付かなかったアイディアを具現化して世界相手に商売して欲しいです。 
アマゾンの広告に出ているように、地方の数人で製作しているような小さな工房の作品が世界相手に数万〜数十万で売れています。今注文しても1年半後でないと手に入らないとか・・ つまり1年半は自分らの生活が保障されているという意味でもある。自動車では「スズキジムニー」が納車1年待ちらしい・・ コロナ禍でも全く関係ない世界がそこに存在します! 
 
  海外での働き方事情の話・・ 
 
渡航先で仕事をすると現地は仕込みに時間をかけるね〜という話題になりました。例えばオーストラリアのイベントですが、バリーライトはたった16台を2日間掛けて仕込んでいました。見ていてもノンビリした作業・・ その後調整していましたが、2台がNGで吊り替え・・ ノンビリと交換作業・・ 但し、本番は『完璧』でした。 
 
結果として2日間の仕込みが優位だったとなります。仕事として確実な方法を選択出来るのが羨ましく感じました。もちろん2日分のギャラが請求可能です。そこが日本との大きな違い! 日本だと仕込み日のギャラが半分になったり平気で行われています。 (; ̄ω ̄)ノ オイオイ… 本場より拘束時間は長いし神経使うんだけど・・ 
 
演歌公演でオーストラリア・シドニーへ行った時ですが、仕込日があったのに現地スタッフが集まらなかったのです。仕方ないので我々音響班も舞台設営のサポートを手伝いました。ところが公演日の朝になったら舞台スタッフが増えました。聞くと公演日の土曜は休日なので、仕事をすると倍の給料なんだそうです。それじゃ〜前日の金曜に誰も来ない訳です!?  当時は海外というかオーストラリアの不思議として捉えていましたが、実は逆だったのです!? 
 
日本だけが世界とかけ離れていたと分かりました。あの頃は「24時間働けますか〜?」というキャッチが普通でした。日本武道館の徹夜仕込みは毎回普通の事でした。スタッフの宿泊はもちろんシャワー利用とか当初から全く考えられていません。時間枠もない・・ でも我々は主催者から騙され働かされていたのです。会社もそれを知っていたのか知らなかったのか?? 皆が舞台の仕事が好きという名目を逆利用されていたと分かりました。 
 
よーく調べてみたら・・ 海外やオーストラリアが『世界標準』だったのです。平日と休日のギャラが違うのは当然でした。早朝や深夜手当が増額されるのが世界では普通だったのです。徹夜で仕込みは通常ではあり得なかったのです。日本だけ無制限労働なのに無償・・ボランティアだったと何十年か経過して分かったのです。 
 
それだけ働いて(働かされて・・)GDPが世界二位だとか先進国とか言われても嬉しくないし自分らの生活環境は少しも向上していなかったですよね〜? きっと話をした友人も私も、そのことに気付いたのは定年した後だった筈です。もう後の祭り・・ 
 
時代が違ったというより、そういう労働環境が世界と大きく違うのに「それが普通」と騙されていたのは事実です! 情報が得られなかった時代です。外タレ専門だった30歳の頃、同世代の音響エンジニアのギャラは3〜4倍でした。一体何が違うのか理解出来ませんでした。そもそも来る日もくる日も仕事を任され考える余地すら無かった訳です。日本中の会社がそれを基準に業績を伸ばしていたのです。 
 
 ★結論! 働き方改革は「経営者」が取り組まなければ成立しません!! 
 
雇われている社員や契約者が何を唱えても具現化されません!! お金を支払う側が自分たちの利益を削って社員の為に考え方を変えるしか実現しません! 
 
経営者さん・・ 出来ますか?? ベンツやBMWを諦めて国産車に乗るのですよ!   毎週行ってるゴルフは月一にしてください! 毎年行ってる海外旅行や別荘生活を諦め、社員の福利厚生に置き換えるのですよ! 会社の経営者は自分なのに、働く社員の為に経営理念を立て直すなんて出来ますか? でも世界中の会社がそれを行なっています! 日本だけですよ・・経営陣が裕福な会社の仕組み・・  
 
 

2021. 5. 16. Sun
      壮大な話・・ 人類は???

リマ市郊外の遺蹟 葉書一枚入らない! 26年前に自撮りしていた!? 
 
 
1995年8月8日。ペルー・リマ市郊外にあるインカ帝国時代の遺蹟を観光して感じた訳だ! 実際に触ってみると石の表面がレーザーで溶かしたような仕上がりになっていました。3〜4千年経過しているのにツルツルです。こんな高度な加工技術が当時存在していたのは事実なのです。 
 
ピラミッドやこうした遺蹟・巨石文明もそうだけど、人間が集まったら出来るか?と問われても返答出来ない数々の事例が世界中に存在します。中でも重さ数トンとか数十トンの巨石を設置する技術は現在でも限られています。そんな重機の存在や証拠がないのに、こうして「作品」だけが世界各地に残されているのです。もう不思議を超えています! 誰か説明してよ〜!! 
 
地球の歴史を46億年として考える。1億年スパンで考えも46回の文明が存在している筈・・ 1億年って言葉では簡単でも1千万年の10倍、100万年の100倍、10万年の1千倍です。放射能が無害化されると言われている10万年スパンで計算したら4万6000回の文明が起きては消えても不思議ではない膨大な年月ですよ。4000年前って遥か昔だけど、10万年の枠で考えたら「25回」も繰り返しが可能な年月なのです。判りますか〜? この年月の長さ・・・・・ 
 
  (´▽`*)アハハ つまりだ・・ 持論ね! 
 
今現在生きている我々人類の文明が、この地球上で4万6千回以上も繰り返し起きては消滅していると考えれば・・数々の作品や遺物の存在すら普通に思えません? 過去に自由に空を飛び回り数百トンの巨石で都市を作っていた時代があったのです。その時代は月も火星も人類が居て自由に惑星間飛行も行われていた。ところが何らかの要因でその高度な文明は途絶え壊滅した・・ 
 
自然界の営みはそんな文明など関係なく数万年、数十万年の歳月で全ての物質を石や砂に変えてしまいます。マグマの移動により地表のプレートも移動するので、地表の産物・人工物も何はコアに飲み込まれてしまい証拠は欠片も残らないのです! 我々の住むこの大地は年間3cm程度だけど僅かに移動しています。その年月が10万年だったら3Kmに達します。それだけ長〜〜い膨大な年月が経過しているのです。 
 
 これが現在判明している大自然の営み・・ それと・・ 宇宙人は居ません! 
 
もし居るとしたら「過去の地球人」でしょう。これも様々な意見や学説が有るけど・・ 人類は突然変異で生まれた存在です。だから他の惑星が地球と似ているからとしても、人類と同じ種は生まれていないと考えます。この広大な宇宙に「人類」は地球だけなのです。ただ何度も言うように過去に何万回も繰り返し文明が起きています。その中の種が他の惑星に移住していると考えます。 
 
現在の地球にも様々な人種が存在しますが、そうした過去の進化が関係していると思います。元が同じでも進化の過程が違うのです。  
 
 

2021. 5. 14. Fri
      メモリアル・いわき在住編

55歳となった2007年5月より、5年契約でいわき市へ移住したのですが、いわきの気候や環境・そして食事も水も気に入ったことで、契約満了してもいわき市で晩年を過ごそうと計画しました。そこでアパートではなく 2LDK のマンションを借りたのです。夫婦で生活する広さを確保した訳です。 
 
当然ながら暫くは一人身なので充分過ぎる住居。そこで東京の自宅では諦めていたオーディオ熱に火が入ったのです。リビングは12畳だったと思います。普段座っているデスクとオーディオだけの部屋でした。一般的なオーディオ機器とは少し毛色の違う業務系が中心の機器で揃えました。SAE 社の高級パラメや ALTEC のミキサーがセレクターという感じです。カセットは NAKAMICHI-700、米国老舗メーカー・SCOTT 社のスピーカーに真空管アンプ。とてもナチュラルで輪郭のハッキリしたオーディオ系のピュアサウンドに仕上げていました。 
 
他に8畳のフローリングの寝室にセミダブルベッドと大型テレビを置き、6畳の畳部屋は次女や息子が泊まりで遊びに来た際の部屋にしていました。写真のウォールナット・デスクは輸入商社時代に社長交代があり、新社長さんが「社長室は要らない!」と撤去を指示。そこでデスクを欲しい人に譲るとなったのです。それ以後は幅 1600mm の社長デスクが私の・定位置・になっております! 
 
当時のクルマは黄色のELAN、ホンダ GB400TT カフェレーサーという年齢に見合ったセレクトで楽しんでいました。後にELANが赤に変わり・・会津の鴻巣さんへお嫁に行った訳です。バイクに乗る際の専用ジャケットはメッシュ構造で、万が一転倒しても破けない丈夫な素材です。そして黒のベストはエアバッグが内蔵された「ヒットエアー」。バイクにワイヤーを接続、万が一転倒するとワイアーが引っ張られてジャケット内蔵のエアバッグが作動する仕組みです。胸部と背中・首の後ろ側が膨らみます。小型空気ボンベの圧力によりコンマ数秒で作動する構造。56歳でバイク乗りに返り咲いた事もあり・・ 万が一に備えて出来る限りの安全対策を施しておりました! 
 
仕事は新設公共ホール:アリオスの音響チーフとなり設備管理と運営に従事。趣味はオーディオ・写真・パソコン。そしてスポーツカーとバイク・・ いわき市街地は薄磯海岸まで20分、夏井川渓谷まで30分で行けます。走りを満喫するには最高の立地です。東北の南端にあるいわき市は、太平洋高気圧気候と珍しく雨の少ないエリアなので真冬でも降雪は滅多にありません。ドライブ帰りに湯本温泉で汗を流し、小名浜で新鮮な寿司を買って帰宅・・ もう都会では絶対に考えられない快適な生活が可能でした。 
 
自分の人生でも『最良』と自慢の日々を歩んでいました。これも、いわき市の嘱託職員だったことで余裕の生活が営めた理由です。今になって思うのが・・ 趣味の買物しないで貯金しておけば良かったかな〜〜と!? (*´▽`*) 後の祭り・・ 
 
 
 でもって・・ 晩年のいわき移住生活を諦めるしかなくなった理由・・・ 
 
赴任して1年半の2008年9月。新設ホールも完成して順調な滑り出しをしていた矢先の出来事でした。あの米国リーマン・ショックによる世界経済の破綻です。何故だか?いわき市の財政も大きく影響したのです。何でも嘱託職員はその影響をモロに受けるという内通情報を察知しました。守秘義務があるのでお話しはしませんが、一つや二つの理由ではなくそれまでの公務員慣例が根底から消え去り、定年退職後の業務委託継続という唯一の道も途絶えたのです。直ぐに影響がある訳ではないとしても4年後に水を差す情報でした。 
 
そこで移住3年目にして 2LDK の高級マンション(いわき市では・・)を解約して、6畳+キッチンのワンルーム・アパートへ引越しました。晩年移住が無くなったのですからアパートで充分です。当然ながら家賃は4万近く安くなりました。広いマンションを良いことに集めたオーディオやラック類を置くスペースが無くなったので、知人にお願いして軽トラ一杯分の家財を預けるという・・ほんと情けない結末でした。その引越しは2010年3月。そう、あの大災害のピッタリ1年前でした。 
 
2011年3月11日。東日本大震災により日本 & 東北経済の大打撃・プラス・いわき市から40kmの福島第二原子力発電所:爆発事故による放射能漏洩という前代未聞・超・未曾悪の人災事故・・ 音楽ホールのアリオスも半年間だけ避難所へ変貌しました! お隣のいわき市役所が壊滅したことで、アリオス・音楽小ホールが代替えとして使われるに至りました。全国版ニュース雑誌に「避難所を演じた音楽ホール」というキャッチで掲載されています。もう、こうなると晩年の人生計画など一瞬で吹き飛びました! とにかくこの先どうなるの? 放射能関連の風評被害もあり途方に暮れる日々でした。マジな話「死」まで意識しましたよ! このままいわき市で生活するのは無理・・ そもそも契約が切れたら経済基盤も途絶えます。 ・・そこのお江戸の人、荷物纏めて帰れ〜!・・と言われたように感じました。 
 
 
3年間住んでいた谷川瀬エリアですが、過去に大雨による冠水がありELANが床下浸水したことがあるのです。いやはや参りましたよ! 車高の低いスポーツカーだったので浸水、座席下に設置してあったサブウーファーはオジャン!? フロアカーペットが完全に乾くまで数週間掛かりました。やはりその地名の如く開発以前は谷と川と瀬だった場所なのでしょう。地盤の弱い低い土地なので大地震の時は相当揺れたようです。液状化で周辺道路も全く通れない状況になっていました。鉄筋マンションは頑丈でもオーディオラックやスピーカーは転倒を免れないでしょう。家財のほとんどを廃棄するような状況になったかも知れません。 
 
引越しは経費節減が主目的でしたが、引越し代金って意外とバカになりません。うーん... 後二年間ならマンションのままで良いかな〜と思っていた反面・・ 冠水事例もあったのでアパートへの引越しを優先した・・ もしかしたら大災害を予見していたのか? これは自分でも分かりません。因みに、引越したアパートは新築物件なのと、地盤の硬いエリアだったので被害は全くありませんでした。そりゃ〜震度6強でしたから玄関や自室の飾り物は床に散乱していましたが、壊れたものは一個もなくELANも無傷でした〜! 
 
  江戸っ子が抱いた自然に囲まれて暮らす夢の構想と現実というリスク・・・ 
 
これは赴任中ではなく数年前の話。 関東・東北を通過した大型台風直撃による大雨で、いわき市の水瓶である水道用貯水湖が冠水・崩壊!? 市内全域で断水が続きました。とくに谷川瀬エリアは相当な被害を被ったようで、住宅冠水もあり乗用車は数百台も水に浸かったようです。あのまま晩年計画を進めていても移住地で不便な生活を強いられ、大切にしていたスポーツカーも廃車だったでしょう。未憎悪の大災害 & 原発事故が無かったとしても結果として残念な状況に至ったと考えます。 人生いろいろ・・・  
 
 

2021. 5. 13. Thu
      ネイティブ・センス

「ネイティブ」というワードが合っているかは別として、ここでは「自然と培った・感性」と考えてください。私はそのセンスを幼少期の母親との時間で会得したと考えています。決して教わった訳ではない・・ 意識して覚えた訳でもない・・そもそもそんな高度な意識など芽生えていない年齢です。 
 
私がプロの音響家になれた一番の理由は・・ 音の僅かな差や違いが判る「感性」です。私と一緒に仕事をした方は「岡田さんは音が見えるんじゃないの?」と驚くようです。自分でも何だか解らないけど「音の響き」や「反射が観て取れる」のです。その感性に自分で気付いたのは高校生の時でした。 
 
★天竜川舟下り・・ その観光船に乗りました。上流から中流〜下流へと舟下りによる景観の変化を楽しむ観光船。とにかく水飛沫も豪快な夏の楽しみ・・ 上流〜中流は夢中になって水の流れを感じていましたが、下流になり船着場が見える距離になりました。船はゆったりと流れています。すると船頭さんが櫓で船の側面を叩いたのです。船が着くぞ〜!という合図です。その時の音が岩壁に反射して響き渡ったのです。 
 
   (((((( コォーーーーン、コーーン コーン ))))))) 
 
私はその音が見えたのです! 岩壁に反射してあっちこっちへ動く音が。その奇遇で貴重な体験が私の人生を決めた!? ちょっと大袈裟ですけど・・ 残響が好きになった瞬間でもあります。ですから音響の仕事をするようになっても、体育館のような大宴会場の響き、日本武道館やアリーナ会場のような大空間の響き。そして・・東京ドーム球場の・爆・残響でも克服出来たのです。音が見えると処理するのも楽なんです! 
 
 
         ★写真はネットから拝借しました!  
 

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