OKADA DESIGN WORLD DIARY

OKADA DESIGN WORLD へようこそ! ここはダイアリーというより<独り言><お知らせ>を兼ねております。趣味の写真や車談義、パソコン系やオーディオ。そしてサウンド・ビジネスから政局論争。友人との雑談で考えた事や閃きを書きとめています。目からウロコの雑学として読んでいただければ嬉しく思います。2003年から構築して来ましたので資料としても膨大な量になりました。お時間が許す限り、ごゆっくりと閲覧ください!

※ このダイアリの内容・写真等すべては管理者である<OKADA>の「アイディア」であり「著作物」です。許可なくリンクを作成したり、文章等の複製・転用・二次利用、他のHPや文献等で掲載使用する事は <著作権法上認められておりません!> 常識ある行動をお願いします!

なお、音響施工に関しては「プロ向け」として記載しております。現場経験の少ない、またはやった事の無い素人の方は " 決して真似ないでください "
どうしても施行したい方はメッセージにて連絡を。個人対応させていただきます。

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2019. 3. 14. Thu ☆お陰様で『67歳』になりました☆
2019. 3. 02. Sat ・世界初・続編12
2019. 3. 01. Fri ・世界初・続編11
2019. 2. 28. Thu ・世界初・続編9・10
2019. 2. 21. Thu ・世界初・続編8
2019. 2. 20. Wed ・世界初・続編7
2019. 2. 18. Mon ・世界初・続編6
2019. 2. 16. Sat ・世界初・続編4・5
2019. 2. 15. Fri ・世界初・2・3
2019. 2. 14. Thu ・世界初・ファンタジープラン!

 

2019. 3. 14. Thu
      ☆お陰様で『67歳』になりました☆

爺いです。 
 
でも元気に遊んでます。 
 
元気にオープンカーで駆け抜けています。 
 
また一年、普通に元気な生活を継続しないとね! 
 
一緒に『普通』を楽しみましょう!!  
 
 

2019. 3. 2. Sat
      ・世界初・続編12

輸入商社時代の2004年夏。大阪営業所から連絡が入りました。有名なテーマパークが音響で困っているという内容でした。そこで下見と打ち合わせでパークへ向かいました。ゲートに入るとドーム型のガラス天井広場があります。雨に当たらず自由にショッパーズを見て回れるテーマパークらしい場所。日に何回か屋外でパレードが行われますが、大雨になるとその大屋根広場へ移動すると聞きます。問題はその時に発生・・ パレードに不可欠な音楽やアナウンスがドーム型天井の残響で何を喋っているのか全く分からないと説明されました。 
 
スピーカーは沢山設置されていますが、オブジェに隠れ存在は分かりません。しかも設置場所が地上高4m以上と高所なのに、何とスピーカーは垂直(0度)に設置されていると写真を見せられました。観客は地上に居るのにスピーカーは4〜5m高で対面の建物を狙っている!? どの写真を見てもスピーカーを設置するスペースは狭く、下へ向ける余裕はありません。これだと指向性のない中低域だけがガンガン届き、中高音は反射音のみ・・明瞭な音声が聞けるとは思えません。どうしてこんな設置法が許されるのかな〜? 誰が見ても聞こえ難いと分かる筈・・ 改めて設備設計の不条理と誰もその実情に責任を取らない仕組みに怒りさえ抱きます。泣くのはいつも現場の音響さん・・ 
 
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  『内部仰角スピーカー』 
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そうだ! (゚ ∀゚ )b 最初から下向きになっている構造のスピーカーを創ればいいじゃん! 私は米国E社に図面を送りました。こんな感じで最初から下向きの指向角になっているスピーカーは造れないか? 直ぐに返答が来ました。製品化まで数ヶ月必要だけど、岡田の図面を見てワクワクした・・と。そして最低でも32本以上の注文でないと特型は造れないと数字の返答も来ました。その後、テーマパーク側の発注を待ちつつ先へ進めました。そして送られてきた図面が「US2166A」です。USはテーマパークの名称、21は12”+1”、60 X 60度モデルです。A は1号機。 
 
これも DG-12 で発想した「非対称ホーン」と同じ。無いものは創れば良いだけの話。その為には的確なコンセプトを設計者に示せば、具体的な返答が戻って来ます。大切なのは「アイデア」と「共通言語」そして予算です。設計図面を渡して「これを創れないか?」と言えば、「これでどうだろう?」と設計者の意図が示された返答が届きます。ディスカッションとはそういうものであり、夢を具現化する手法も同じと理解しています。こんなモノ?があったらいいなぁ〜〜だけでは世の中一歩も進みません・・ 
 
私は当初設置スペースに合わせた本体に、小径ユニットをダブル配置して少しでも音圧レベル向上を示しました。しかしE社は既存製品を流用する方が遥かに安価で納期も早いと説明して来ました。それに小径ユニットより新開発の12” ウーファーの出力レベルが高いとも。やはり安い・早いは優位です。新型「非対称ホーン」は私の発案である「ローテート方式」。スピーカー本体を横に設置しても指向角は下向きに出来ます! d(^ ◡ ^=) Good!! 数ヶ月後、新製品が輸入され全て「US2166A」に交換されました。ドーム屋根の残響は消せないけど「明瞭な音声」が届く広場として運用されました。 
 
あれから15年が経過、現在は新しい製品に改修されたようですが「非対称ホーン」を用いたスピーカーはパーク内の随所で使われているとの情報もいただきました。なおこのモデルは世界中の同じような条件のエリアで採用されていると聞きます。今度、テーマパークへ行ったら? 音響にも注視してくださいね!  
 
 

2019. 3. 1. Fri
      ・世界初・続編11

モニタースピーカーを舞台で使うと、オーディオの常識は全く通用しないと経験者なら分かると思います。スピーカーの置き位置は音響学的観点から決めている訳ではなく、舞台演出や美術デザインが優先されます。それが舞台という総合芸術の場・・ 
 
「PAさん! その黒いの、そこじゃないとダメ?」「('◉⌓◉’)・・・・」 
 
力関係というか、本来なら無い方が好まれます。しかし歌手から嫌われます。歌手は無くてもいいとは絶対に言いません! その間に立って解決しなければならないのがPAという仕事でもあります。スピーカーは数が多い方が仕事も楽に進められますが、経費が掛かるのでそうは行きません。少ない物量で効果は最大を要求されます。しかも小さい方がよい。そんな相反した要望を改善出来ないものか? 
 
OHW-822 のメリットを活かしつつ、もっと小型のモニターが必要になりました。「丸太」が良いのは分かっているけど一人で運べないし、トラックスペースもバカにならない・・ アリーナツアーなら問題ないけど、狭い舞台は置けない! まあ、そうなることは設計段階で分かっていた事。しかし先ずは誰もが納得する完璧なモニターを・・という思考で822が完成しました。 
 
次は小型化。小さくすると低域は望めなくなります。ただモニターなので重低音は要りません。そのバランスを考え12” にしようとなったのです。丁度国産の新ユニットが良さそうという情報もあり、そのユニットを選択しました。次の問題は高域ホーンです。小型化に比例してカットオフ周波数(再生限界)も決まってしまう。ただ12” ウーファーならそこそこ中音域まで使えるとの判断もあり、12” ウーファーがギリギリ入るエンクロージャーに合わせ「新型ホーン」の設計に入りました。そしてスピーカーの致命的なデメリットとである「距離減衰」と「指向角」の問題を解決すべく新しい試みを模索しました。 
 
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 『非対称ホーン』 ONKEN DG-12 
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モニタースピーカーから離れると音圧が下がるのは分かりますが、指向角が広過ぎることに気付きます。5mも離れると指向角はもっと狭くて充分と分かります。そして近くへ寄れば音圧は上がりますが、少しでも横に動くと指向角から外れ高域成分が足りなくなる。つまり近くは音圧が下がっても良いので指向角は広い方が使いやすい! 離れたら指向角は狭く音圧が下がらないようにしたい! この現場で抱いた疑問と要望を解決したのが『非対称ホーン』です。ここで言う非対称とは左右ではなく上下ですので勘違いされないように・・ 
 
図面のように、スピーカーの軸上から上側は広く、下側は狭くします。つまり近づけはワイドになって音圧が下がり、離れるとタイトになって音圧は下がらない・・ こうする事でスピーカーとの距離と音圧レベルの均等が図れるのです。音のエネルギーは距離に反比例して減衰しますが、その音響理論を逆手に取ったホーンなのです。 
 
♬ジャジャ〜ン! 出ました! これも『世界初』の発想でした! JBL、ALTEC、EV・・何十年も前からスピーカーやホーンの設計に携わっていた先人達でも気付かなかった全く新しいホーンを私が考えちゃった訳ですわ。v( ̄−  ̄ ) 
 
822開発で培った「物理的位相整合」を図面に記載しました。音の発信源であるボイスコイルの位置を合わせた構造ということです。アナログのクロスオーバーでも見事に整合します! 同時に「プロセッサー方式」というメイヤーやアポジー社も導入していた制御法も取り入れました。オリジナルのプロセッサー(アナログ)を製作、パワーアンプも含めたトータル制御をしています。ま、これは LMH31 / OHW-822 開発の頃からの一貫した仕組みです。新型モニターは「 ONKEN DG-12 」という型式になりました。DGの意味は・・ デジタルギア。時代のトレンドを採用した訳です。命名者は現社長さんでっす! 
 
 
はい、毎度のことですが・・ DG-12 製作から数年後。確か94年頃にフランスのメーカー NEXO 社が「PS15」という製品を出しました。その製品が「非対称ホーン」を採用しています。遠くは狭くして音圧を稼ぎ、近くは広くしてカバーエリアを拡大する。一つのスピーカーでカバーエリアと音圧分布をクリアした製品です。そのホーンに関して特許なのか実用新案を取得したようですが・・ 
 
          (´・ω・`)ノ 私が何年も先ですよ〜!  
 
「非対称ホーン」はマーチン社も現在のモニタースピーカーに採用しています。見た目が低く舞台前に置いても視覚的に邪魔にならないローフォルム・・ だけど舞台中はシッカリ聴こえる! 「非対称ホーン」でないと不可能なデザインです。良いものはどんどん採用して現場の音環境が良くなれば善と考えましょう! 私は儲からないけど・・ 
 
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日本武道館の音楽祭イベントで私が LMH31 をメインにしてオペレーションをしていました。すると共立さんの関係で要望が来たのです。外国の人だけどスピーカーの写真を撮りたいと言ってるけど良いか? 私はどうぞご自由にと快諾しました。その外人さんはミックス席にも来ていろいろ質問されました。クロスオーバーは何Hz?とか 24dB/oct ?とか・・ 結構コアな質問にも答えました。失礼ですが・・ お名前は?と丁重に聞くと・・ミスター・マーチンと分かったのです。 
 
( ; ̄ω ̄)ノ オイオイ… あのスピーカーメーカーのマーチン氏?と聞き返すと・・ 
 
    ( ^ - ^ )v イエス! ○○クリニック!? 
 
マーチン社と言えば・・フロントロードのローミッドホーンが有名でした。「イカ天」などと形状から呼ばれていました。業務用スピーカーとしては70年起業の新参ですが、80年代中期は新製品もなく業界でも埋もれた存在だったような・・ そんなある日の出来事でした!  
 
 

2019. 2. 28. Thu
      ・世界初・続編9・10

PAの業界に入った頃は「モニター専用スピーカー」というものは存在しませんでした。しかし欧米のコンサートシーンでは何やら足元に黒い物が置いてある・・ それがステージモニターという舞台専用のスピーカーでした。 
要するに歌手の足元に置くよう初めから傾いた形状をしているスピーカーです。外観から「三角モニター」と呼ぶようになりました。「三角を2本置いて!」などと業界用語も生まれました。当初はPA会社が独自に製作していましたが、ヤマハが「S2115H」という白いウーファーのモニタースピーカーを販売するようになり、一気に業界へ広まりました。自社で製作するより安価だったこともあります。NS-10M というスタジオモニターが好評だった時代、白いウーファーはヤマハの象徴でもありました。 
2115とは「2Way /1”+15”」という設計内容を数字で表す業界独自の型式名です。私が設計した LMH31 というのも「ローミッドハイ・3Way・ワンボックス」という意味です。SL-152は「サブロー・15” X 2発入」という訳ですわ・・ でもってヤマハの三角は45度の角度に設計されていましたが、スピーカーを足元へ置くと指向性から外れてしまいます。離れても外れる・・ スピーカーの軸上が何とも中途半端な距離なのです。結果的に舞台の現場ではスピーカーの前側にコワリと呼ぶ木片を入れて角度調整をするのが普通でした。毎回のように設置したら木片を咬ます・・ スピーカーを動かす度にコワリもやり直しです。最初からピッタリの角度のモニターを造ろう!と設計したのが「可変角」という発想です。 
 
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 『バリアングル・モニタースピーカー』 
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写真・図面をご覧になれば一発で分かりますが、最初から30度と60度の角度が付いています。初めからこうなっていれば、現場でコワリも要らなくなりますよね? 舞台の様々なレイアウトに合わせられるのです。ロックのように足元に置く場合は60度。スピーカーから少し離れるような場合は30度がピッタリとマッチします。このスピーカーは「 OHW-822 」という型式にしました。「オンケン・ヒップ・ホーン / 15” X 2・2”・2Way」・・・ あれ? 変ですよね〜 そのまま型式したら「15222」でないと変。実は余りにも型式が長くなってしまうので15” 2本を「8」つまり丸が二つという見た目から822としたのです。これは開発秘話?とも言える不思議、現役社員でも知る人は少ないと・・ 形状から「丸太」とも呼ばれています。 
 
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  『物理的位相整合・設計』 
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この「 OHW-822 」は爆音時代の賜物でして・・ 先ずこれに勝るモニターは無いと断言します。音に厳しい歌手の方々、海外の著名アーティストもこのスピーカーを評価してくれました。LMH31+SL152 と共に、自国へ持って帰りたいという要望も何件かありました。世界中をツアーリングしていた著名アーティストがそう言うのです。つまりそれまで世の中に無かったアイテムだったのです。昨今はテクノロジーの進化により優れたモニターは沢山ありますが、パワー感と明瞭度、分解能は負けないでしょう。そして大きさと重さも・・ 
 
スピーカー理論を元に忠実に設計しているのと「物理的位相整合」という、これも『世界初』の試みだったのです。低域を担うウーファーユニットと高域を受け持つコンプレッション・ドライバーの組み合わせには幾つか制約があります。それが低域と高域のクロスオーバーの問題です。ユニットには必ず再生限界があるので、それを超えたら決して良いサウンドは得られません。しかもそのクロスオーバー周波数は、エンクロージャーの形状や容量、ホーン形状や長さなど物理的要因で決まってしまうのです。つまり意図しない周波数でしか繋がらない・・という後からではどうにも出来ない問題に直面します。それを解決したのが最初から位相整合させた設計にすれば良いのでは? という逆転の発想です。 
 
しかしその理論を忠実に製作するのが難しい! こればかりはカット&トライの連続でした。試作しては・・ダメ!となるので製作を担当した田口親父も会う度に泣きっ面でした!? 3〜4回目の試作で「いいね!」となり、基本デザインとしました。その試作品を様々なクロスオーバーやパワーアンプでドライブしながら詳細を決めました。結果的に位相整合が出来ていると普通のオーディオ用回路でクリアなサウンドが聞けたのです。ユニットの持つパフォーマンスを最大限活用するには、エンクロージャーやホーン設計が有って完成するのです。試作を終え「2号機」から横幅を10cm近く狭めたデザインにしました。これは2本の15”ウーファーを可能な限りドライバーに近づける為です。 
 
前述したように凄いモニターです。これを縦に設置するとサイドフィルとして充分なパフォーマンスです。日本武道館の外国アイドルのコンサートでも、この822のサイドフィルでバッチリでした。新宿駅前広場のイベントで1+1台をメインPAにして行ったのですが、コンサート開始と同時に新宿アルタからクレーム!? このままではタモリさんの生放送が出来ないので音量下げてくれだって! モニタースピーカーなのに数十m離れたビルの中まで音が届いてしまったのです。恐るべし822・・ 
 
 
毎回のことですが・・ この822の基本デザインやフォルムもコピーされました! 若干形状が違うけど・・明らかに真似だな〜という製品も見ました。そのTO社の関係らしい?某オーディオメーカーが822・クリソツのスタジオモニターを販売。バーチカルツインとか名称でしたが、822を縦にしただけじゃん Illi..orz..illi しかも使用しているドライバーユニットも同じ。まあ、探求して行けばある程度は同じ処へ到達します。どちらが速いではなく、先に商売した方が勝ちというか儲かる世の中と考えることにします。ただ・・ 私が考えました・・的なセールストークだけは許せないよね〜・・・ 設計者として恥べき行為だよ! 「真似ました」の一言で済むのに・・ それで商売して儲けたのは貴方の裁量だから私は何も言いませんわ・・ 
 
他にも、大きさは違うけど形がソックリ?? それが米国メーカー「アポジーAE6」という小型モニターです。海外製品だけど余りにも似ている??? そこで輸入代理店を介して調べたら・・ アポジーのスピーカー設計者は、以前コンサートツアーのモニターエンジニアと分かりました。そこでそのPA会社は何処?と更に調べたら・・ 1年前に私も担当していたツアーだったのです。名前を聞いたら ヽ(≧▽≦)ノ ピンポ━ン♪ コピーしたのはアイツか〜! そう言えば822を絶賛していたし写真も撮っていたわ・・  ( ̄^ ̄ ; )ウーン 
 
まあ、いっか!? 世界中のライブシーンが快適になれば善としましょう! しかしどうして商売に繋げなかったのかな〜? ・・岡本さ〜ん・・  
 
 

2019. 2. 21. Thu
      ・世界初・続編8

デジタルメモリー卓の成功というか評価は設計製造を請け負った設備会社としても斬新なアイテムとして業界からも評価されたよで、担当者の方から「岡田さん、他に何か画期的なモノはないですかね〜?」と歩み寄って来ました。フルデジタル・コンソールは難しいけど・・ 的な雰囲気も感じました。そこで以前からストックしていた動くスピーカーという突拍子もないアイディアを提案したのです。 
 
歌手はマイクを持って歌いながら左右・前奥と舞台中を動きます。足元に設置したモニターはサウンドポイントも決まっているので、動くと音色も音量も変化してしまいます。サイドフィルという大型モニターも歌手が近付いて来たら音量を下げなければハウリングします。何年も前からこうした問題を抱えていた舞台音響、とくにステージ・モニタリングの不具合を解決する手立てはないかと模索した結果、モニタースピーカーが歌手の動きに合わせ動けばいいじゃん! となったのです。そこで試作したのが・・・ 
 
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 『フォロースピーカー・システム』 
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照明の世界は既にバリーライトというムービング・ライトが主流になっていました。光の筋が動くのは舞台を見ている観客にとり多彩な感情を抱きます。ですからスピーカーが動くのもそれほど難しくないと思ったのです。しかし重さ30kgもあるスピーカーを自由に動かせる機構から開発しなければなりませんでした。スポットのように瞬時に動かなくても良いので何か使えそうなアイテムはないか? そこで見つけたのが無線用アンテナを回転させる「エモテーター」という回転器具でした。動くスピードもまあまあ何とか許容内でした。トルクがあるので30kgのモニターでも問題なく動きました。しかし仰角(縦側に動かす)モーターのトルクはなく使える状態ではありません。そこで上下に首を振る機構を諦め、左右に向きを変えることだけにしました。 
 
写真の図面はそのフォロースピーカーが特許を取得した際の書類です。私も含め連名で特許申請者の名前が掲載されています。正真正銘の『日本初』の製品です。思うに・・海外でもそんな製品を考える人は居ないでしょうから、これも『世界初』のアイテムと考えます。因みに1989年の話ですので、現存するムービングスピーカーは20数年経過してから開発されたとなります。既に私の特許も消滅しているので自由に販売してください! 
 
仕組みは・・ モニタースピーカー(Meyer UPA-1A)を横にした状態で台座に設置します。その台座にビデオカメラが装着されているので、オペレーターが画像に写っている歌手をフォローするように動かす仕組みです。ライトと違いスピーカーの指向角は約40度と広いのでピッタリ真ん中に合わせなくても問題なかったです。垂直方向は指向角が60度なので近付いても外れることはありません。 
 
そして、ビデオカメラはオートフォーカス機構があるので、そのフォーカス機構をセンサーにして V C A を制御します。フォーカスの合っている距離で音量を決めれば後はノータッチでオーケー! つまり歌手が近付けば自動で音量を下げ、離れれば音量もアップするという便利機能も装備されました。 
 
このフォロースピーカーは「松田聖子コンサートツアー1989〜90」にて初めて使用しました。舞台先端にデベソと呼ぶ張り出し舞台が設置されましたので、その左右の角部分に設置。歌手が動く範囲も約250度と普通の舞台より広いのですが、たった2台のモニタースピーカーでフォローすることが出来ました。 
 
コントローラーは小型の C R T が2台装備され、それぞれ1台つづ個別にオペレータが動かしてフォローします。もちろん当初は自動追尾も思案しました。しかし赤外線は照明が明る過ぎて使えないとなり、ワイアレスマイクの電波という案も当時の技術力では実用化まで時間が必要で諦めました。現在なら画像認識で追尾する事がビデオカメラだけで可能です。このアイディアも30年早過ぎたテクノロジーということで・・ 
 
特許申請受諾が1991年4月なので、製造から1年も掛かっていた事になります。これが個人だと経費が出せないです。この時はメーカーさんに全て頼みました。もちろん特許による対価は1円もありませんでした! そんなモノです・・  自動車用エアバッグも日本人の発明で世界特許も取得したようです。しかし公開中には何のオファーもなく、占有期限が切れたと同時に米国が商品化を許可しています。世の中ってそんなモノですわ・・ 
 
 
さて、日本武道館の仕込み中・・ 照明さんが灯り合わせで舞台センターで指示をしていました。その時、モニターオペレータ(現PS・鈴木氏)が照明さんの動きに合わせスピーカーを動かしていました。舞台が暗かった事もあり暫くは照明さんも気付かなかったのですが・・ 突然! 「うぉ〜! このモニターが俺をフォローして動いてるよ!?」とビックリしていました。その奇声を聞いて周りのスタッフがフォロースピーカーに集まって来ました。皆がそれぞれ声を発しながら見入っていたのを覚えています。『世界初』の動くスピーカーのお披露目となりました。  
 
 

2019. 2. 20. Wed
      ・世界初・続編7

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 『ライブコンサート用・デジタルメモリー卓』 
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1986年、日本の電子機器メーカー・ビクター系列・業務用音響機器の製造販売・設備施工会社とコラボレーションした『VCA制御音量調整・記録再現装置』です。 
 
写真:若い私が左手を置いているブルーの機器とCRTディスプレーの方。幅90cm・奥行き40cmで100mmフェーダーが24ch分と15個程度のスイッチが装備されたデジタル制御卓です。 
 
V C A とは電圧制御で音量を制御する回路のこと。つまりアナログコンソールの各チャンネルに、そのVCA回路をインサート(内部接続)して、音楽ミックスの基本となる楽器バランスをメモリーする装置です。専門の方でないとイメージが湧かないかも知れませんが、要するにメインコンソールのフェーダーは固定したまま、VCA卓のフェーダーを操作して音楽バランスを整えます。楽曲毎に微妙な音量差をそのまま記録したり、使わないマイクの音をカットすることも可能です。リハーサルでこの曲はこのバランスだな〜と決まったら「メモリー」のスイッチを押すことで、その時の音楽バランスがそのまま記録されます。本番公演でその記録をリコールすることで、複雑で緻密な音楽バランスを楽曲毎やコーラス単位で再現することが可能になりました。 
 
1986年頃は NEC PC9801 UX2(318,000円)が販売されたり、お茶の間にはファミコンがあった時代。有名なゲーム「ドラゴンクエスト」が販売された年でもあります。既にレコーディング・スタジオの海外製コンソールはコンピューター制御でメモリー&リコールが可能でしたが、余りにも高額機器(数億円)故に、ライブコンサート会場でそれを使うなど、スペースも経費的にも不可能だった時代背景があります。 
 
何とかスタジオのようにライブミックスもメモリーしたい!という願望を、VCA制御回路を既存の音響機器に接続するという目からウロコの仕組みにより具現化したのです。この発案もライブ用デジタル制御卓としては『世界初』の試みだったと数年後に判明しました。 
 
この初期型を様々な現場へ持ち込み、操作系の不具合やVCA回路の動作等を徹底的に検証しました。ちょうど先輩が始めた東北地方での音響技術研修会にそのシステムを持ち込み、メーカーとしてデモンストレーションを行いました。その時のプレゼンが好評だったことで、翌年から音響講師を担当するようになりました。私が34歳の出来事です。 
 
写真:2枚目はその機器をバージョンアップした2号機で「シグマ824」という型式となり製品化されました。この2号機は88年頃に担当した企業イベントや音楽祭、アイドルコンサートで使用するまでに進化しました。地方の公共ホールにも納入されたようですが、余りにも早過ぎたテクノロジーだったこともあり、ホールの音響スタッフさんも敬遠!? ほとんど使われないまま年月が経過したと後に知りました。 ( ̄^ ̄ ; )ウーン 勿体無いな〜と悲しくなりました。 
 
26歳から最先端のコンサートに関わっていた私の経験や思考がその時代背景とは掛け離れていたのです。ただ、こうしてメーカーさんの協力があったからこそ夢が具現化したのは事実です。それだけは光栄であり私の音響家人生の中でも違う光を発していた時代でもあります。実は既に構想はフルデジタル制御の大型コンソールだったのですが・・ メーカーさんから「岡田さんの提案そのままに製作したら研究開発費も含め「1億円」で販売しても元が取れない!」となり断念したことも忘れません。 
 
 
因みに、ヤマハがフルデジタルの8ch 小型卓を販売したのは同じ87年ですが、楽器用のカテゴリーでありコンサートのメインで使うポテンシャルはありませんでした。1995年に「O 2 R」が出た頃から、欧米ではライブコンサートでガンガン使う会社が増加しました。しかし日本国内はアナログの大型コンソールが主流であり、数社が実験的に使う程度でした。そして本格的なPAコンソール「P M 1 D」を発表したのは2001年と・・随分と先の話。私は音響会社から輸入商社へ転職した後。今度は使う立場ではなく売る側に・・ 数年後に販売された2号機「P M 5 D」は古巣の ONKEN さんへ4台納品しています!  他にも新設ホールのメイン卓として推薦しています。2007年から勤務していた「いわき芸術文化交流感・アリオス」のメイン卓もその『P M 5 D』です。 
 
写真に写っている機器は全て往年の名機ばかりです! LEXICON M97 は会社でも私しか使えなかったマルチディレーの名機でボーカルに施すと何とも言えない音色になります。dBx-160 はAです。160からの乗り換えだったと。カラフルなボリユームの機器は AudioArts というメーカーのアナログ・4Wayクロスオーバーです。これも難解な機器でして・・私しか使わなかったです。クロスオーバーカーブがパラメのように可変出来て位相も変化します。絶妙な繋がりとなり LMH31 専用で使っていました。ヤマハ YDD-2600 もディレー装置として不可欠な存在でした。 
 
ディスプレー下のカラフルな機器は ATR-21 というエンハンサーです。今自宅に廃棄処分でいただいた一台があります。ATR-21 は日本のメーカーが Aphex を真似て製作したと聞いています。こいつも他に代替えのない特殊な機器です。テカリよく見えない縦長のコントーローラーは、SONY が販売したデジタルリバーブマシン DRM-2000 ?だったと。当時150万位した超高級機です。デジタルリバーブが必要という要望に対し社長が日本製なら買う!と言ったと考えられます。LEXICON 224 が同価格でした。 
 
下の写真でも舞台の様子が分かりませんが、この仕事は88年に担当した日本武道館で行われた女性アイドル「小林麻美ファイナル・コンサート」。スピーカーは全てリギング。アリーナ全体が舞台というトンデモナイ演出でした。この時の進化系の音響プランを掲げ、同年夏に開催した「松田聖子コンサート」はオールリギング・システムにて全国ツアーを行なっています。国内でも『初』の取り組みでした!  
 
 

2019. 2. 18. Mon
      ・世界初・続編6

24歳の春・PA会社に就職が決まり・・って暫くはアルバイト契約でしたが、初出社はスーツを着て行きました。その時の周りの雰囲気・・ 
 
  ( ̄▽ ̄; ) ( ̄_ ̄; ) (^▽^; )… 
 
今でもその先輩達の驚いた表情は忘れません。私は人の心が読める訳もなく読唇術を習った事もないけど「おいおい...こいつ何者?」とか・・「バイトなのにスーツかよ?」という言葉が頭の中を駆け回りました。すると人事担当の先輩が歩み寄ってきて・・「あ、岡田君だよね? その格好だと仕事し難いので明日からは動ける普段着でいいから・・」と言いながら・・「取り敢えず・・一階倉庫の掃除をお願いしようかな〜、〇〇君、彼を案内してくれる?」。 
 
一階では数名の社員(バイト?)が現場から戻ったばかりの大型コンソールを床に広げて掃除をしていました。それが「 YAMAHA PM-1000 / 32 」だったのを記憶しています。思わずデケ〜!と言葉を発してしまった自分がいました。それと同時にこいつを自由に使うオペレーターになるぞ!と夢を膨らませたのも事実です。蒼い思い出・・ 
 
暫くすると「君はハンダ付けは出来るの?」と聞かれたのでハイ!と答えると、二階に案内され汚れた古いデスクを指差し「ここでNGケーブルの修理してくれる? あ・・キャノンのピン配列は知ってるよね〜?」と全くの素人扱い。内心・ムッ・としつつ笑顔で大人の対応・・ そのデスクの周りには現場から戻ったままの汚ったないケーブルがまるでスパゲッティーのように段ボール箱に入っていました。おいおい・・これ全部修理するのかよ・・と思いつつもやるっきゃないと気持ちを切り替えました。 
 
先ずはキャノンコネクターの小さなネジを外す。失くさないようガムテープを丸めた簡易ストッカーを作りそこへくっ付けていたら、隣で作業していた先輩が「お〜! それは良いアイディアだね!」と笑顔で話し掛けてくれました。その後、他愛のない話をしながらも作業は続く・・ 修理が終わるとテスターで導通チェックをするのですが、そこで先輩が「コネクターの元をグリグリしながらチェックしないと駄目だよ!」と面倒な要求をして来ました。え〜・・左手でコネクターのオスメス2個を持ち、右手はテスター棒を箸のように持って導通チェックしているのに、どうやってグリグリ動かせるのよ!? マジで手品みたいな要求に困惑しました。そんな無理強いというか奇妙な経験で閃いたのが・・・ 
 
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 『LED・ケーブルチェッカー』 
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数週間後には秋葉原でパーツを買っていました。キャノンコネクターは高いので、会社倉庫にあった古いものを流用。初期型からオス・メスどちらでも挿せるようダブル装備。ステレオ・フォーンジャックとRC Aも装備しました。キャノンの3・2・1・H。4個のLEDとスイッチを配列しました。変換ケーブルの場合はホットが何番に接続されているか一発で分かります。フォーンとRC Aのグランドは1番と共通にして簡素化しました。 
  *手書きのイラストは先ほど書きました! 
 
マイクケーブルをチェッカーに挿して2〜4個のスイッチを押すだけで導通と配線が分かります。もしキャノンの逆相ケーブルならスイッチ2を押した場合、LEDは3が点灯。ケーブルがどこかショートしていれば表示も複数になります。スイッチを押しながらグリグリするのも容易です。この単純明快で誰もが操作出来るテスターこそ『世界初』のアイディア「ケーブルチェッカー」です。 
 
このチェッカーを考えたのは1975年頃です。その数ヶ月後に先輩U氏からの要請で業界紙「PA技術誌」に製作記事も発表しました。同時期に社員数名からチェッカー製作の依頼が殺到・・ 部品代+数千円で何台造ったか覚えていません。5台目位からスイッチを一個にして、内部でスキャニングするハイテク・ガジェッドに進化しております! 
 
私はその後、外国アーティストの公演サポートが多くなりましたので、当然ながらそのチェッカーを現場へ持ち込んでいます。自慢げに外人スタッフやアーティストに見せていたので、その時にアイディアが海外へも流出したのでしょう。LEDを使用した「ケーブル・チェッカー」の製品版を見たのは数年後、しかも海外メーカー製でした。価格は当時で数万していました。インターネットなど存在しない時代です。まさか自分のアイディアが『世界初』だったとは思いもしませんでした。もしあの頃に製品化していたら? そんな事をたまーに思います・・・ 
 
1997年頃・・ 輸入商社時代にスピコンの4Pと8Pのケーブルチェッカーを製作しました。造ったのは秋葉原に本社のあるトモカ電気さんです。展示会で目を引くようにと1〜8Pのボタンにリンクして「♩ドレミ」の音が出るようにしました。チェックを楽しく?というジョークも兼ねました。舞台業界もスピコンが主流になった頃です。現在は海外製の安価な製品が出回っていますのでコネクターやケースというパーツ代だけで既製品が数台買えます!? 時代の流れは物の値段という価値観すら変えてしまったと感じます。因みに、写真の作品はコンパクト設計で初期型と回路が違います。なので同じ仕様のモノは売っておりません! 
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  まだまだ・・続く・・  
 

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